かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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『女の子ものがたり』 
2009年 09月 11日 |
原作ものは難しいよねってことをまた思う。

スランプに悩む漫画家の菜都美は、担当編集者の何気ない一言で、幼少時代を思い出す。



深津さん扮する30代漫画家が少女時代の思い出を振り返る、友情ものなガーリームービーなんだと思っていた。それが西原理恵子の自伝的作品が原作と知って、鑑賞前から薄っすらと違和感。西原本はまるまるちゃんと読んだことはないのだけど、私の知っているサイバラ・ワールドの魅力は、漫画ならではのシュールなブラック・ユーモアにつきる。真っ当には表現しにくいような辛辣なネタでも、一見粗雑な感じの脱力系なイラストがうまく効いていて、サバサバっと乾いた笑いをうんでいるのだよね。

実写でやるってことはそういうのはどうなっちゃうんだろうって思いながら観ていたのだけど、やっぱり各所での違和感は拭えず。田舎の女の子の友情ものを映画にしたいだけなら他の物語でやればいいし、あくまでも西原自伝的漫画の映画化が主旨ならば、そのエッセンスをちゃんと伝えてほしいというところ。エッセンスは変貌してしまっているのに、エピソードや台詞の多くは忠実に脚本化されているものだから、むしろおさまりの悪さを感じてしっくりこないの。何かを美化しているというのではないのだけど、サイバラ漫画を若き魅力的な女優ちゃんたちによるみずみずしき実写映画に変換することで、本来の持ち味のユーモアとペーソスの絶妙なバランスが損なわれてしまった気がするの。

きいちゃんは汚いなんていう強烈な台詞も、サイバラ漫画の中じゃ、そのイタさもいい具合のせつないオカシミをうみつつ、たった一コマでサバサバと表現されているものだから、さほど嫌な感じは残さずにサラサラと流れていく。ところが、実写映画の中で、生身の女の子の口から無邪気に吐かれたその台詞は生々しく響きすぎて、ギョッとしてしまった。私がきいちゃんだったら、絶対に、みさちゃんのようなデリカシーのないコとは友達ではいられないけどなーって、映画を観ながら居心地の悪さを感じずにはいられなかった。大人の今なら、言いたい放題で成り立つ友情もまぁわかるけど、小学生の頃はそういうのってすごく傷つくってば。

それでいて、良くも悪くも、きいちゃんは言うほどに汚くなんかありゃしない。映画の衣装だから当然とはいえ、かなりきれいめにファッショナブルだし、こういうコはいじめられっこじゃなくて、むしろクラスの人気者になれちゃうタイプでしょうって思えるかわいいきいちゃん。後で原作漫画立ち読みしたところ、きいちゃんはブサイクなコとして描かれていた。ビンボーでブサイクでキタナいっていう救いようのないイタさを背負っていたのだけど、映画のきいちゃんは大いにかわいくって、どうもキャラが中途半端だったな。

じゃあ、映画オリジナルの場面はよかったのかというと、これまた違和感。深津級の女優が製作・宣伝に必要だったにしても、36歳独身の気ままな漫画家菜都美にところに、若手男性編集者が訪れるというTVドラマチックなお決まりの設定にはちょっとゲンナリ。深津さんは魅力的に演じてくれているんだけど、馴れ馴れしく「ゼンザイくん」としつこく繰り返すそのキャラは見ていて歯がゆくもあった。編集者との語らいから、久方ぶりの里帰りに発展するという終盤の展開も現実的に思えなかったし、故郷での最後の取っ組み合いの大喧嘩も、感極まるクライマックスな見せ場だったのかもしれないけれど、私にはリアルに迫ってくるものじゃなかったな。

そんな感じで、幾つもの違和感と気に入らない箇所が見受けられ、全体的にはスッと心に響いてくる映画ではなかったかな。基本的に、ナチュラルでみずみずしい女子映画は大好きなので、むしろ完璧なものを求めてしまったのがいけなかったかな。韓国映画の『子猫をお願い』に通じるようないい感じのせつなさもあっただけに残念。でも、各世代の女優さんたちはそれぞれに魅力的だったし、田舎の風景はのどかで美しかったし、犬がめちゃめちゃ可愛かったし、カメもツボだったし、カクサシャカイとふぇみにずむについて延々と思考せずにはいられない興味深さはあったし、お楽しみポイントにはあふれておりました。個人的お気に入り度はあまり高くないけど面白く見られたって感じ。

ブラック&シュールとナチュラルなみずみずしさを同時にやるのって難しいとは思うけど、山下敦弘監督なんかだったら、うまくやってくれそうって思ったりした。

この手の漫画を実写化するのは難しいんだろうと思うけど、そういえば、『大阪ハムレット』はかなりよかったことを思い出す。

原作サイバラマンガはやっぱりさぁ、主人公なつみの目線で語られているからいいんだよね。映画では、台詞になってしまっている言葉が、漫画では、吹き出しの中には書かれてなくて、主人公が心の中でポソッと呟いた言葉として存在しているの。きいちゃんとみさちゃんのことを思う気持ちも、そういうふうに表現されているからいいの。ほんわか詩的な響きを持っているの。台詞として音声にかわると、言葉は何だか味気なくなってしまう・・・。
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by CaeRu_noix | 2009-09-11 07:36 | CINEMAレヴュー | Comments(2)
Commented by 真紅 at 2009-09-12 00:00 x
かえるさん、こんにちは!
この映画にめちゃめちゃ感動した私が言うのもナンですが、確かにきーちゃんは全く汚くなかったです。
むしろきれいだったし、かわいかった。
原作は読んでないのですが、確かにサイバラ漫画とは全く別のテイストでしたね。
立ち読み、いいなー。ビニールカバーかかってて、読めないー。
Commented by CaeRu_noix at 2009-09-13 10:26
真紅さん♪
不満たらたらですみません~
きーちゃんはバスに乗車拒否されそうなほどに汚いという設定でしたが、見た目はキレイでしたよね~。その汚さを体現させるか、その設定をなくすかにしてほしかったなと。サイバラ本はラッキーにもキノクニヤのサブカルコーナーでビニールにくるまれてないのを発見。
大嫌いとか大好きとかをはじめとして映画で台詞になっていたものが、本では心の呟きになっていて味わいがありましたよ~
なつみってホントは思ったことをどんどん口に出すタイプじゃないんですよね。
違和感の正体をあれこれ納得。
でも真紅さんは映画アレンジとの相性もよかったようで何よりです。
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