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『ボヴァリー夫人』 Spasi i sokhrani
2009年 10月 21日 |
芸術の秋の極み。アレクサンドル・ソクーロフのつくり出す独創的な世界に耽溺。



フランス文学の傑作であるギュスターヴ・フローベール(1821~80)の「ボヴァリー夫人」(Madame Bovary)をアレクサンドル・ソクーロフが1989年に映画化。当初167分のバージョンであったものをこのたび監督自身が再編集したのが本作。

名作文芸小説を映画化する際、原作に書かれているものを忠実に映像化、描写するのは初めの1作、2作だけで充分だと思う。そう、これは既にジャン・ルノワールとヴィンセント・ミネリが映画にしていたそうであるのだから、ソクーロフはソクーロフらしさを全開にして、めいっぱい個性的なボヴァリー夫人を作り出してくれればいいのだ。『静かなる一頁』の中で表現されていた「罪と罰」の世界ことを思い出したりしながら、一体どんな独特のアプローチで見せてくれるのだろうかと楽しみにしていたの。ディオールの衣装にも注目。

1989年といえば、私の大好きな1本『日陽はしづかに発酵し…』の製作の後という時期なんだけど、あの空気感に共通するような気だるく渇いた不思議な感触がここにもあった。d0029596_0379.jpgこの19世紀のフランスを舞台にした物語を、カフカスの荒涼とした風景の中で描いたソクーロフはやっぱり独創的なのだ。イザベル・ユペール主演のクロード・シャブロル版では、街や生活空間が忠実に再現されていた感じで、始まりの緑の田園風景の中で描かれる婚礼の行列がとてもステキだったのだけど、ここにはそんな潤ったのどかさは一切存在しない。ボヴァリー夫人がゆっくりと堕ちて行く過程が物語られるのではなくて、不思議な乾いた空間で、冒頭から不満と苛立ちにあふれたエマの姿をインパクトいっぱいに見せつけられるのだ。

エマに扮したその人は、女優でも何でもないのだけど、監督によって大抜擢されたらしい。紹介されていた通りの美しくない美女。確かに容姿のつくりは美女たるものであると思うのだけど、エマにしては年を取り過ぎていて、骨っぽく痩せこけ過ぎている感じで、眉間の皺があまりにもクッキリとしていて、険しい表情のクローズアップは、まるで美しくない。ユペールの雰囲気もエマのイメージとは少し違う気がしたけど、こちらのセシル・ゼルヴダキは全く違う。おおもとはこれまたボヴァリー夫人だというオリヴェイラの『アブラハム渓谷』の主演のレオノール・シルヴェイラの方が近い気がした。だけど、田舎医師や青年に好かれるような外見イメージというのを抜きにしたら、ユペールは欲望に抗えないわがままで自堕落なエマにピッタリだったとも思えた。

そして同様に、エマの高慢さや、内面に蠢くドロドロと濁ったものを包み隠さずにそのまま表に出したなら、このソクーロフ版のボヴァリー夫人はそのものであるように思えてくるのだった。ソクーロフの解釈と表現はなんておもしろいのだろうってことが楽しくなってしまう。長身で痩せているこのエマの風貌は、なんだか家禽類のトリの類を思わせた。ニワトリというか、この乾いた空気の中ではそのイメージはもはやトリガラなのだった。映画に鶴を登場させるのが好きなソクーロフはトリ的なものに惹かれるのかもしれないなんてことを思いながら、白い羽が一面に舞う場面に心掴まれる。飛べない鳥の鬱屈した思いがそこに弾けている。

原作では後半に出てくる商人ルウルーが最初から登場していたり、中盤くらいにあるエピソードも順番はバラバラに初めの方に描写されていたりそれは予想通りという感じであったけれど、物語なんていうものを描こうとは少しも思っていないわけで、むしろ次はどのエピソードが登場するのか、どれがどうやって表現されるのかというところがとても興味深かった。そして、ソクーロフならではの屈折しつつも、際立った美しさをもつ映像表現に魅せられるばかりであった。足がでーんと大きく映し出される奇妙な方向から捉えられたショットは何とも印象的。ブンブンブンとまとわりつく蝿の飛ぶ音の不快さも含めてこの世界の魅力。再会のオペラ・シーンにもやけに心掴まれ、ステージにカメラは向かずに、エマの顔をずっと映すという演出が面白いなと思いながら、厳かな音楽に釘付け。葬儀のシーンを外さないのはやっぱりソクーロフ。滅びの美学。

文芸映画だと思って観に行った人にとってはヘンな映画だったに違いないし、原作のストーリーを知らずに観た人にはわけのわからないオハナシだったと思うけど、映像詩人ソクーロフのつくり出す世界を愛してやまない私にとっては、美しくて奇妙で退廃的で、まったくもって魅惑的な逸品でありました。





youtubeの動画をちらちら見たところ、記憶にない全裸のベッドシーンが複数あったような。かなりポルノ。今回の再編集で削ったのって、多くはそういう場面だったのかな。再編集版は案外と品よくなっていたのかも。
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by CaeRu_noix | 2009-10-21 09:54 | CINEMAレヴュー | Trackback(5) | Comments(6)
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Commented by manimani at 2009-10-24 05:09 x
こんばんは〜
エマ=トリガラ論は実に面白いと思いました。ああ、それで羽根が舞うのね〜と妙になっとく。

>初めの1作、2作だけで充分だと思う
とはワタシはおもわないんですけどね〜忠実といってもそれは元が小説だからあくまで説話的忠実なだけなので、映画的にはそれでもまだまだ独創の余地があるんですから。どんどん「忠実だけど特異」な映画もつくってほしいと思いますね〜〜

ではでは
Commented by CaeRu_noix at 2009-10-25 10:21
manimani さん♪
遅くなりました。
トリガラ説に関心をもっていただきめるしー
ダシにいかがですか?毒素もありそうー
トリガラなので、ハエがまとわりつくのも仕方なくー

そうですね。複数の作り手が「原作に忠実に映像化」したつもりでも、出来上がったものは違うはずで、観る側はどの道それぞれの個性を楽しめるので、そんな線引きは無用ですね。
ま、私個人的にはそもそも、映画はオリジナル脚本が好きなので、そんなに既存の小説を題材にしなくてもいいよーっていう思いがあるもので。
ルノワール、ミネリの頃は原作ものを映画にするのがわりと一般的だったかと思うのですが、今はそうじゃなくていいじゃーんっていうのがあるので。
だから、原作ものをやるなら、翻案って感じのタイプがより好きなんですよね。
シェイクスピア劇が近未来ものになっちゃう等の遊びが好き。
まあ、それはそれとして、誰が観ても「原作に忠実」と感じられるような映像の再現に取り組んだ映画をつくるのもまた意義があるのかなとは思いますけどね。
でも、ソクーロフが作ったボヴァリー夫人がシャブロル版みたいだったらがっくりしたと思います。
エッセンスはくみ取って、特異に羽ばたけー
Commented by ぺろんぱ at 2009-11-15 20:15 x
こんばんは。
京阪神では昨日から公開で、観てまいりました。

ソクーロフ監督作品ということでチョイスしたのですが、
私はまだこの監督作品の一角のそのまたほんの入り口に
たったに過ぎないのだなと自覚しました。
ただただ圧倒され、打ちのめされ、それでも尚、魅入らされて
しまっている自分がいました。
凄い作品を観てしまったという興奮が暫く続きました。

強烈ままでに慟哭し堕ちていく彼女でしたが、そこに「哀しみ
のエマ」が見えた気がします。

>滅びの美学

なるほど、です。
私の中にも最後の埋葬シーンが深い余韻を残しています。

Commented by CaeRu_noix at 2009-11-16 01:53
ぺろんぱさん♪
ご覧いただきありがとうございますー。
ソクーロフあたりの映画のDVDはレンタルになってないものが多いと思われるので、劇場でかかった時に観るべしなのですー。
圧倒されて、魅入ったというのは嬉しき感想です。
会場には明らかに、普通の文芸映画を期待して来たのが、熟睡されている方もおりましたゆえ。
エマがもつ人間の狡さ、愚かさが、ソクーロフ版では、これでもかというほどに、激しくむき出しになっていましたよね。
強烈なエマだから、おちるところの哀しみも際だつという感じで。
本当はちいとも美しくなんてないのかもしれないけど、憎々しさも残酷さも、あらゆるシーンに美学が見えちゃうんですよね。
『セカンド・サークル』という映画で父の死、納棺、葬儀についてをじっくり描いたソクーロフらしく、棺は気合いをいれて映像化されていたので、ニヤリでした。
画的にもインパクト大の壮絶な生と死でしたねー。
Commented by とらねこ at 2009-12-14 22:16 x
かえるさん、こんばんは〜。
大満足の作品でした。ソクーロフはこんなのが一番見たい、という感じでした。
>『静かなる一頁』の中で表現されていた「罪と罰」の世界ことを思い出したりしながら、一体どんな独特のアプローチで見せてくれるのだろうかと楽しみにしていたの。
私もこれを見ながら『罪と罰』の描き方について思い出してました。
題材をどう料理するかというところで、自分なりの世界を出すところ、これが見たいのですよね。
自分は『静かなる一頁』『ストーン クリミアの亡霊』の時の緊張感と耽溺度合いを思い出して、もんどり打ちました。こういうの大好きです。
Commented by CaeRu_noix at 2009-12-16 00:09
とらねこさん♪
ご満足いただけてよかったー。
ソクーロフは湿度が高いのも低いのもどっちもいいなぁって。
映画は小説とは表現手法が違うのだから、こーんなのが最高って思えます。
タル・ベーラの『倫敦~』などもそうだし。
私はしょっちゅう、出来事を物語ることだけに照準を合わせた映画化作品に物足りなさを感じ、「いっそのことミュージカルにすればいいのに」なんてほざきがちなんですが、ソクーロフの仕事には納得、満足、耽溺。
『赤と黒』なども面白かったのですが、語り口はいたって普通なので、これをボヴァリー夫人式でソクーロフが撮ったらどんなにおもろいものになっていたかしらんと夢想しました。
ただ今、吉祥寺バウスにて、爆音ソクーロフ絶賛開催中ー。
来年はまたイメフォでタルコフスキー特集があるようですし。
まだまだ、もっともっと溺れたいものですねー。


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