かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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『スイートリトルライズ』
2010年 04月 14日 |
大人になるとわかってくるスイートな毒の味。甘い恋愛ドラマでもドロドロの愛憎劇でもない。どっちつかずにせめぎ合い揺れ動くものたちが映像に凝縮されているだけ。ただそれだけ。だから味わい深いのだよ。

人気テディベア作家の瑠璃子は、夫の聡と結婚して3年目。
江國香識の同名小説が原作。



二度、新宿K's Cinema に駆け込んで、矢崎仁司監督の『三月のライオン』(1992)と『風たちの午後』(1980)を観た。そうしたら、二回とも上映前に監督とゲストのトークショーがあって、矢崎監督の作品がどれだけ繊細にこだわりをもって作られているのかということを知ることができた。楽しく見られるエンターテイメントな商業映画の対極にあるような詩のように紡がれたアートな映画。TVドラマみたいにわかりやすいガサツな邦画があふれている今、矢崎仁司の映画に映画館で向き合えることは至福のひととき。

トークショーの時に七里圭監督が言っていた"中谷美紀史上最高の美しさ"が見られるという本作。中谷さんって存在がヴィヴィッド過ぎるから、江國小説や矢崎映画の主人公のイメージとは少し違う気がしていたのだけど、なるほどこの物語ならば似合うのかもしれない。すぐさま共感して感情移入せずにはいられない主人公というのとは少し違って、この夫婦は一体何なんだろうっていう奇妙さによって、まるでホラーやスリラーを見ている時のように冷たくも不思議な空気に包まれる。江國小説らしいひんやり感はそのままに等身大の日常が映像化されるって何だかとってもホラーな感触。炎や揺れるカーテンの存在がナチュラルな美しさと妖しさ紙一重な感じなのが魅惑的。

そんな変な肌触りの緊張感もあって、それより何より場面描写の一つ一つが繊細でこの上なく優美で、息を飲んでスクリーンに見入ってしまった。サイフォンでコーヒーを入れるというシーンの素晴らしいことといったら。娯楽映画では省略されるであろう何気ない日常の一瞬がとても詩的に美しいのだ。瑠璃子はタバコに火をつける時、あえてマッチを使っていたのだけど、シュッという音をたててマッチを擦るその瞬間にハッとさせられてしまうのはどういうことなんだろう。カーテンや窓のありようがたまらなく素晴らしい。「聡は私の窓」という台詞があったけれど、フレームに映し出された光にあふれる透明な窓を見つめ、その意味合いにも思いを巡らせてしまうのだった。

後で、原作をザザッと流し読みしてみた。映画では終盤に置かれていたポーチドエッグの場面は小説では前半に登場していた。インタヴュー記事によると、この脚本は16稿まで書き直させられたんだって。原作のあるものは単純に段落を取捨するだけでも映画のための脚本が成り立ちそうなものなのに、さすがの矢崎監督だなぁと思った。そんなこだわりによって、江國小説そのものの味わいを持ちながら、矢崎監督以外には作れないであろう極め細やかな映像作品が生み出されたのだ。原作では聡が学生時代にやっていたのはスキーだった。ダイビングと水族館は映画オリジナルのものであったのだなぁ。自分好みと思った映像が原作にはないものだということに膝をうつの。

テディベアの存在も映像で目の当たりにするととても意味深なのだ。小説ならば作家が差し出した表現をそのまま受け止めるだけなのだろうけれど、大きく映し出されたテディベアの姿に何を感じるのかは観客次第。カワイイぬいぐるみはどちらかというといわゆる癒しのアイテムであるはずなのに、瑠璃子の手によって生まれたばかりのテディベアは孤独に満ち溢れていて、小綺麗だけど空虚な生活空間の中で薄気味悪さすら醸し出しているのであった。物言わぬテディと対照的に水族館の海洋生物たちは気持ちようさそうに泳ぎ、老婦人の飼う犬は愛くるしく尻尾を振る。犬の埋葬シーンが素晴らしく印象的だったのだけど、これもたぶん原作にはないみたいだった。映画というものをわかっているなぁと嬉しくなるよ。

二人が一人暮らしの老婦人の家を訪れて、飼い犬を埋葬したシークエンスは象徴的で映画的で心に染みた。掘った土の穴に、犬の死体の隣に横たわる中谷美紀をとらえたショットは最高だ。痛くせつないそのブラック・ユーモアにニヤリとしながら思考に導かれてしまう。傍目から見ると理想的に優雅な暮らしをしている奥様の日常には嘘があふれていて、毒殺で心中をはかることを空想してしまうほどに虚しいものになってはいても。私たちは確かに生きていて、土を冷たいと感じる体温をもっているのだ。老婦人の言っていたように、人間はむしろ生きている時は"オバケ"のようなものであるのかもしれないけれど。いっそのこと死んでしまい殺してしまいたいという思いも決して嘘ではないのだとしても、嘘をついてでも守りたいものが目の前にあるのならば、生の歓びを感じ続けることはできそうだよねって。
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by CaeRu_noix | 2010-04-14 08:47 | CINEMAレヴュー | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from スイートリトルライズ: .. at 2010-04-14 23:47
タイトル : スイートリトルライズ
江國香織の同名人気小説を映画化。夫婦の気持ちのすれ違いを描いた大人のラブストーリーだ。主演は『嫌われ松子の一生』、『ゼロの焦点』の中谷美紀と『ハゲタカ』、『笑う警官』の大森南朋。共演に『ジョゼと虎と魚たち』の池脇千鶴、元バレエダンサーの小林十一が出演している。監督は『ストロベリーショートケイクス』の矢崎仁司。... more
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