かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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『マイ・バック・ページ』
2011年 06月 07日 |
私的な出来事がボクらの物語になる。
娯楽映画のサクセスストーリーならば、一生懸命がんばった主人公は最後に栄光を掴んで笑うのだけど。

1969年、新聞社で週刊誌記者として働く沢田雅巳(妻夫木聡)は、2年、梅山と名乗る左翼思想の学生(松山ケンイチ)と出会う。
映画評論、文芸、エッセイなどで活躍する川本三郎が、新聞社入社当時1969~72年のジャーナリスト時代を綴ったノンフィクションが原作。



これは、今年の邦画の忘れ難い1本となるだろう。著者自らの経験である実話がベースのデリケートな題材を、その時代に生まれてもいない監督、脚本家が映画化に挑むとは難関企画であったけれど、さすがの山下監督は、誠実に且つ鮮やかに巧妙に、期待通りのいい仕事をしてくれた。さすがのブッキー、松ケンだ。先日のTV放映「ボクらの時代」で、山下監督が『ジョゼと虎と魚たち』を観て心打たれたという話をしていたのが印象的だったのだけど、今回は見事に同じ主演俳優を起用して、ジョゼ虎のように複雑な感情を呼びおこす苦くせつないドラマを作り上げていたではないか。見ごたえがあってガツンとくる、その時代ならではのものであり、同時に普遍性をもった熱くてやるせない青春映画。部屋でギターを弾いて、二人でCCRを歌った青春の1ページ。

私が川本三郎氏の名前を認識したのはキネマ旬報だったと思う。ジャーナリストとしてそのような過去があったとは、この映画の企画が話題になった頃にやっと知り得たくらいのものだった。予備知識が足りないと、或いは題材に馴染みや思い入れがないと、ものによっては味わいが半減するケースも確かにある。それが本作の場合、1976年生まれの山下監督がメガホンを取ってくれたのがむしろよかったのだろう。その時代のうねりを体験していなくても距離を感じることは一切なく、作り手の立ち位置と目線をそのまま自分のものとして、この物語にすんなりのめり込んだ。リアリティを見定めることはできなくとも、こうやって再現された当時の空気に少し興奮を覚えるほどに、真実味とドラマチックがうまく同居しているように感じられた。沢田の葛藤は我がことのように、胸に迫ってくるのだった。

現代社会の旧来のマスメディアの位置づけが変貌してきていることも思いながら、ジャーナリズムの在り方という一つの問題もやはり興味深いものだった。マスメディアに対する不信感が募りがちな昨今だからこそ、新米記者沢田が、迷いや罪悪感を感じながらも、真摯に取材対象と向き合い奮闘している姿にまず心打たれてしまう。だれど、この不条理な世の中は、白黒つけられないものの方が多いのだ。どんな業界だって、巧く仕事を成功させることが、人としての正しい行動とイコールにならないことは常。どこで折り合いをつけるべきかということは、永遠に問い続けるしかないのかもしれない。権力を監視し、正義を掲げて真実を追究することが使命のジャーナリストであればなおさら、一つ一つの行いをより厳しく判断していかなければならないということ。沢田のあの判断は、結果的には正しくなかったし、まるで賢くなかったのだけれど、それがジャーナリストのモラルであれ、仁義であれ、私はそういう心意気が大好きだ。

そうやって、見守らずにはいられないまっすぐな沢田。ツマブキくんはやっぱり、『悪人』のような役どころよりも、こういう熱さをもった青年が似合うよね。『ノルウェイの森』の時の役作りに少し違和感があった松ケンなのに(小雪が名俳優松ケンをダメにしちゃったのか?とまで思ったほどに)、同じ時代に生きる若者役で、今回は再三、その味のある巧さを実感した。胡散臭いけど、突き放せない存在。お馴染み山下組の長塚圭史や山本浩司の登場も嬉しいし、青年団古舘寛治扮する先輩記者もまたよかった。実話ベースのドラマなので、ヘンに特徴のある設定でキャラ立ちしている人物はほとんどいないのに、皆それぞれにリアルさと色濃い個性が感じられて、山下映画の演出と俳優たちの魅力に惚れ惚れした。原作のノンフィクションではそれぞれの人物描写にそれほど大きなインパクトはなかったのだけど、これが映画の力だなとワクワクしてしまった。

原作は雑誌SWITCHに連載された文章で、全体のまとまりを見越して書かれたものではないため、出来事が順番通りに描写されてはいないし、説明的に同じことについてが何度も繰り返されている。それが映画では、一つの物語として潔く月日の経過そのままで前に向かってまっすぐにプロット展開されるのだけど、それが素直にドラマに夢中にさせてくれるポイントでもあったと思う。回想録であることを重んじて、その後の主人公を冒頭にもってくることはせず、新米記者の怒涛の日々にいきなり引きずり込み、そして最後の最後だけ、数年後の姿を描くという構成が素晴らしい。ラストのカウンターの涙の複雑な味わい深さといったら。理性は"なるほど、ここで表紙モデルの彼女が映画鑑賞後に言った「男が泣くこと」についてがうまく繋がるのだな"と感心し、一方で感情がひたすら大いに揺さぶられるのだ。沢田がそこで泣いてしまう/泣くことができた心情にググっと共感して、痛くせつなくやるせなくも愛おしさを覚えてカタルシス。とても美しい涙だね。



『洲崎パラダイス』、『ファイブ・イージー・ピーセズ』、『真夜中のカウボーイ』、『十九歳の地図』



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by CaeRu_noix | 2011-06-07 19:33 | CINEMAレヴュー | Comments(4)
Commented by ヒデヨシ at 2011-06-09 19:19 x
ラストシーンがよかったですね。苦い悔恨の涙。川本三郎をとても意識して演じていて、あんな感じだったのかなぁなんて思ってしまいました。
Commented by CaeRu_noix at 2011-06-10 09:43
ヒデヨシさん♪
ラストシーンよかったですよねぇ。
回想録的な原作の構成からはなれ、シンプルに出来事をなぞるように進む映画で、最後に一場面彼が彼自身の中でだけ一連の出来事を思い起こすという。
どう思ったのかがナレーションで語られたりしないところが非常によいですね。
わたし的にはですね、一言で悔恨の涙と形容はできないんですよ。
悔恨の気持ちも勿論あるんだけど、もはや後悔をするというんでもなく、でもバカだったなーというのはこみ上げてくるし、その間に旧友が家族をもってお店をもって暮らしているし、だからどうだというのとでもなく、複雑にいろんな思いがからみあって、何やら泣けてくるーという状態。わたし的には。
殺人事件に対する罪悪感による涙、という解釈もあるみたいですね?
罪悪感よりは挫折感かなぁ。
何にせよ、言葉で説明できないことを言葉抜きでワンシークエンスで表現するってすばらしいです。
青年時代の川本氏はどんな感じだったのかなー。
Commented by rose_chocolat at 2011-06-19 15:08 x
もう忘れそうになるくらい前に観てるんだけど、
やっぱりあのラストは凄かったですよね。
こういうシーンをもっと観ていたいような気がします。
Commented by CaeRu_noix at 2011-06-21 19:52
rose_chocolat さん♪
「今年の邦画の忘れ難い1本となるだろう。」と私めが申しておりますー。
忘れないでー。忘れないよー。
途中はそんなにおセンチになったりはしなかった分、時を経た後の涙ってたまりませんよねぇー。
山下映画はいつもラストに泣かされがちー。
帰りしなに本屋でキネ旬を立ち読みし、川本さんの文章にうるっとなったり。
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