かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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『ポエトリー アグネスの詩』(イ・チャンドン)
2012年 02月 23日 |
イ・チャンドンはやはりすごいなぁと静かに静かに圧倒された。



前作『シークレッット・サンシャイン』もよかったけれど、あちらは子どもの事件の発生やテーマがありふれたものに思えたこともあってか、それほどにその物語に感銘を受けなかった。それが今回は、ただひたすらさりげない問題提起の巧さ、イ・チャンドンの真摯な目線に心を強く掴まれたのだった。

韓国映画の大ブームはもう終わったのかなと思いつつ、まだまだ優れた作品は多くその勢いは衰えず、そうはいっても、注目されてヒットしているらしいのは決まって、バイオレンス描写が容赦ないという類のものばかりで。オールタイムの韓国映画マイベストが2000年代前半から変わらずに『オアシス』や『子猫をお願い』や『春の日は過ぎゆく」である私は、そういう柔らかな光を感じるものがまた観たいのに、といつも寂しさを感じていた。だから、ようやく久しぶりにこういう韓国映画に会えて嬉しかったし、『オアシス』超えはしないながらも、イ・チャンドンの素晴らしさをじっくり味わったよ。

主人公ミジャの置かれた境遇とその身に起こる出来事はとても不憫。物語の初めの方で物忘れが重大な兆候だと知らされるのに、その悲しみに浸ることさえ許されぬかのように、周囲の者たちは容赦なく彼女を他の問題に引きずり込む。他の韓国映画ならば、そんな主人公の悲劇性を殊更に痛々しく描写し、観客の涙を誘う演出をしそうなものなのに。イ・チャンドンはミジャの心情を吐露させたりはせず、嘆き悲しむ場面を見せるわけでもなく、淡々と静かに彼女の暮らしを写し続ける。むしろ気持ちはくぎ付けになる。切ない、でも生きるとはこういうことでもあるんだと思いながら。

一人の女子中学生が苦しんで若き命を絶ち切ってしまったというのに、加害者の親たちは少しもそのことについて、憐れみを示すこともなく、親として子どもが罪を犯したことを申し訳ない思う素振りもなく、ただひたすらに息子たちの立場が悪くならないことを熱心に考えるばかり。ミジャを通して、そんな状況に空恐ろしさを感じつつも、絶対的な善悪よりもまず保身、全ては立場によるというのは、現代社会のリアルな側面でもあるのだろうなと思う。保護者としてそんな立場に置かれ、巧く振る舞うことはできないながらも、ただ一人アグネスとその母に心を寄り添わせるミジャの思いがまた切ない。少しだけ救われる、でもむしろ可哀想で歯がゆい。

イ・チャンドンがミジャに巻き起こることを通して、観客に投げかけてくるものはなんとも言えなく居心地が悪くて葛藤せずにはいられないのだけど、それがまた微妙で複雑でそれゆえに絶妙で。正しさを脇において、考えさせられながら、それでも大事なこと、振る舞うべきことって何だろうと自分なりの答えを探さずにはいられない。毎日孫にご飯を作り、介護の仕事をし、おしゃれに着飾り、そして詩作に傾倒していくミジャを通して、淀んだ世界で生きるということの意味を噛みしめる。


(2012/2/19 シグロ=キノアイ・ジャパン @銀座テアトルシネマ

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