かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
latchodrom.exblog.jp
(映画を見るのにいそがしくてブログはもう)
Top
『SHAME -シェイム-』(スティーヴ・マックィーン)
2012年 03月 16日 |
スティーヴ・マックィーン×マイケル・ファスベンダーの『Hunger』は衝撃的かつ素晴らしい映画だったので、題材が何であれ2作目を楽しみにしていた。



さすがのアーティスト、スティーヴ・マックィーンは野心的にもスタイリッシュ。性依存症で苦悩する男で1本の映画を撮りきるなんてことを試みる映画作家はそもそもめったにいないだろうし、それが題材になるなら全くのアダルト枠のものになるか、おちゃらけたブラック・ユーモアとして描かれることになりそうなものなのに。シリアスなトーンが貫かれ、孤独な苦悩に息苦しくなる、クールながらも尾を引く味わい。夜の都会のBARでしっとり歌い込むキャリー・マリガンの「New York, New York」がとてもステキだったな。

恥ずかしさについては日本と欧米とでは違うものだろうか。性については現代ではそんなにかわらないのかもしれない。今時の大人ならば、むしろ全く興味のないふりをしたり、色恋沙汰に無縁である方がいただけないということになるかもしれないし。それでもやっぱり、これは異常な域かもしれないと自覚してしまうほど度を過ぎる欲望はむやみにあからさまにできないものなのだろう。いくらか開き直って行動できるタイプの人間もいるだろうけど、ブランドンのような非の打ちどころのないようなカッコいい大人男性はそうはいかないのだろうね。そのギャップが苦しみとなってズシリと圧し掛かる。

性欲が充ち満ちて電車内で美女を視姦するマイケル・ファスベンダーはかなりヤバい状態だというのに、その表情もえらくカッコいい。依存症そのもののつらさは共有することはできなくても、彼の苦悩とやるせなさには引きずり込まれてしまう。でも、これがイケメンじゃなかったらどうなんだろう、ともふと思う。まるで好感の持てないブ男が同じような欲望を持ちながら、きれいな女性を見つめていたら、同情の余地があったとしても気持ち悪さが勝ってしまうんじゃないのか。主人公が女性だったら、また同情心も増してしまうだろうし。いかようにも見えうる事柄だけど、そのカオカラダと演技力を持つファスベンダー扮する「ブランドン・サリヴァンの場合」の物語は確固としたものとなっているわけだ。

その年になって、妹に自慰行為を目撃されてしまうことはどうにもこうにも恥ずかしい。パソコンのデータからワイセツ画像の数々の存在が職場のボスに知れてしまうことは恥ずかしいったらありゃしない。でも、そういう恥ずかしさに追いつめられて、不安定になりながら取り繕うようにしてしまう行動はもっともっと恥ずべきことだったりする。双方にうしろめたさがあるからって、妻子もちのボスが目の前で妹に手を出しても黙認するなんて。自身の恥を薄めるために人としてもっと恥ずかしいことをしてしまうなんて。近くにいながら傷ついた妹を救うことができないなんてもっともっと恥ずべきことなんじゃないか。そんなことを彼自身は思ったかどうかはわからないけれど、苦悩は上塗りされていくかのように。空虚な心とうらはらにカラダは疼き続けるのか・・・。

(2012/3/10 ギャガ) @シネマスクエアとうきゅう

allcinema
[PR]
<< 3月16、17日公開映画など。 PageTop 311にみた きいた『なみのお... >>
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Beige Shade by Sun&Moon