かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
latchodrom.exblog.jp
(映画を見るのにいそがしくてブログはもう)
Top
『ライク・サムワン・イン・ラブ』 アッバス・キアロスタミ
2012年 10月 12日 |
Like Someone in Love



アッバス・キアロスタミ監督が日本で映画を撮るという企画について明かしてくれたのは一昨年のフィルメックスに来日した時のことだったかな。それが一度は頓挫してどうなることかと思ったけれど、再出発をして何とか映画は完成し本当によかった。それでいて映画を実際に観るまでは一抹の不安もあった。製作がとんとん拍子に運ばなかったということもあるし、そうでなくても異国の人が作った日本の物語には違和感を抱いてしまうかもしれないなぁという危惧が。そんなわけでちょっとした緊張感をもって作品に向き合ったのだけれど、それが鑑賞中そのまま持続、ドキドキが止まらないスリリングな映画体験に繋がっていった。

電話で彼氏に嘘をつくデートクラブでバイトをする女子大生の登場で、その背景を探りたいという思いがまず起こる。共感できるタイプの主人公のふるまいではないのに、好奇心と不安にかられるままに、見守り目線でハラハラと彼女を見つめ続けてしまうのだ。人それぞれの事情があるとはいえ、若い女の子がデートクラブなんぞでオヤジの相手をするなんてやめてほしいと老婆心が作動。同性の私ですらどうしたものかと思うのだから、不自由な国イランからやってきた洞察力に長けた思慮深い映画人が、日本のような豊かで自由な国で暮らしていながら、若き女子大生がそんなアルバイトをするのはどういうことなんだろうと、興味を持ちつつ案じてしまうのも自然なこと。

そのうちに不安とドキドキが増幅。女子大生アキコが訪れたのは齡80をこえたおじいさんのところ。呼ばれた理由を探りつつ、手馴れた客あしらいをする彼女に何故か焦ったりしながら、アキコとワタナベさんのやり取りが気まずくならないように、どうかワタナベさんの心が傷つくことのないようにと祈るような気持ちで見守り続けることに。何か事件がおきたわけでもないというのに、ひとつの出逢いの始まりで、こんなにもスリルとサスペンスいっぱいに物語にどんどん引き込まれていくなんて。巨匠キアロスタミは手品師のようだ。やや風変わりながらもシンプルなシチュエーションで、会話による些細なことの積み重ねによって、多様な思いが溢れでる。時間が経過するほどに物語は多重に豊かなものとなっていき、映画としての輝きが増していく。

老いらくの恋がテーマなのかと思えた断片的な事前情報は何だったのだろう。老人が若い娘へを欲しいままにする場が描かれた眠れる美女ベースのエロティック映画なんかを思い出すにつけ、そんな映画が当たり前のように成立する一方で、ワタナベさんの慌てながらもあたたかで紳士的な対応にホッとさせられて、その丁寧さがやけに微笑ましい。赤の他人でもこんなふうに若い世代のことを心配していたりするんだよ。亡き妻に似ているアキコには惹かれたのは本当だけど、恋という一文字で表現するのがふさわしい感情ではないし、利害関係も何もない間柄ゆえに、年齢や身分にとらわれない独特の関係性が紡がれるのが興味深い。どちらかといえば親心のように、彼女に健やかに生きてほしいと願う。本当の親や祖父ならば、ノリアキのような男はいかんと断定したくもなるところ、彼とのやり取りにも親心が発揮されるから面白いものだ。

日本が舞台のキアロスタミ映画ということで、はじめは今までにない目新しさを感じるのだけど、やがてこれまで観てきたものと同じキアロスタミの映画の肌触りに気づく。問題は捻れていき、会話の応酬にグルーヴが起こる。謎に引っ張られながら、物語の中を生きる人物に向けるあたたかなまなざしを監督と共有している感覚が押し寄せる。掴みどころはないようでいて、それそれの思いを抱えて不器用ながらも暮らす人々を、手のひらの上で転がしているのではなくてまっすぐに見つめているそのまなざし。社会環境も生活スタイルもまるで違うけれど、人々は同じようにそれぞれの毎日を暮らしていて、イランの田舎道も日本の喧騒の道路も同じように続いているのだと感じる。桜海老の味は桜桃の味なのかもしれないね。投げてばかりのヘンな映画だなんて感想も多いようだけど、私は戸惑いもなくその味わい深さを堪能したよ。

cast
奥野匡(タカシ)
高梨臨(明子)
加瀬亮(ノリアキ)

監督脚本 アッバス・キアロスタミ
撮影 柳島克己
美術 磯見俊裕
録音 菊池信之
編集 バーマン・キアロスタミ
[PR]
<< 10月12,13日公開映画など。 PageTop 10月6日公開映画など。 >>
XML | ATOM

個人情報保護
情報取得について
免責事項
Beige Shade by Sun&Moon