かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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『愛、アムール』 Amour
2013年 03月 15日 |
パリの高級アパルトマンで暮らす音楽家の老夫婦ジョルジュとアンヌ。




邦題やキャッチコピーで軽々しく使われる「愛」という言葉にはいつもげんなりしていたからこそ、あのミヒャエル・ハネケがこんなに率直なタイトルをつけたということに注視してしまう。皮肉の込められた題名なのかもしれないと身構えつつ、そこにある愛のすがたを探る。ふと、オーストリア出身のハネケが示す「アムール」とは、決して陳腐でストレートな言葉でもなくて、母国語の愛や Liebeとは違う括弧付けの「AMOUR」なのかもしれないと思い当たる。

大好きな映画、『ヒロシマモナムール』のエマニュエル・リヴァと『男と女』がジャン=ルイ・トランティニャンが長く連れ添った夫婦としてフレームにあるとはなんて感慨深いのだろう。ずっとずっと映画史は綴られてきたのだ。そして、誰しもが年老いてゆくということと静かに向き合わされる。ミヒャエル・ハネケが容赦なく与えるお馴染みの辛らつさとは、少し異なるやわらかな空気を感じた。

けれど同時に、リヴァとトランティニャンという目映いキャスティングだからこそ、嬉しさと背中合わせで夫婦の身の上に起こることがより一層悲壮感をもって重くのしかかってくる。名の知れぬ俳優ではなくて、フランス映画、アムールの映画史にその存在を刻んだ二人が主演することで敬意が払われ、筋書きそのものや演出にハネケならではの意地悪さが幾分露骨でないと思われもするのに。それでも他でもないこの老夫婦には、むしろ敏感に痛ましさが感じ取られて、結局いつもと同じようなハネケの残酷さを味わうことから逃れられないのだった。

老いてもなお、芸術家らしく優雅に生を楽しんで暮らしていた夫婦の姿が印象的な、演奏会の客席をじっと映し続ける冒頭シーン。それが一転し、気品にあふれたアンヌがみるみるうちに弱っていくのを目にするのはいたたまれない。もとが格調高く優美であるほどに、プライドをもった人であるほどに、そのギャップにうちのめされてしまう。この世界にはいくらでももっと不幸な人がいるなんてことは気休めにはならず、描写の一つ一つがあまりにもリアルに痛いところをついていて、アンヌとジョルジュそれぞれの立場の苦しさにとらわれるばかりだった。

でも、それは相反するものではなくて、二人が寄り添っていることが救い。もう入院はしたくないというアンヌの意思を尊重するジョルジュ。よくあるホームドラマでは年老いた親よりも、社会的に現役世代の子の方が決定権をもっていたりもするものだけど。ここでは娘ですら自分のことで頭がいっぱいで、アンヌにとっての理解者はジョルジュだけなのだ。周囲に言いくるめられることもなく、自身が苦労を背負ってでも、断固として夫婦二人の暮らしを続けようとしたことに、私は胸を打たれた。

ジョルジュの結末のつけ方は悲しいものであったけれど、最初からなんとなく予感はしていたし。そんなラストに向かわないようにできることがあったのじゃないかとか、医療や福祉や家族、近隣にもっと頼るべきだったのではないかとか、そんな視点を持つことすらなく、静かに彼の決断を受け入れよう。別の物差しで計れば残念なことであるのだろうけど、他者の介入するすきのない二人の間にあふれる愛ゆえのことだと疑いはなくて。残酷さと表裏一体のものとしてありながら、それは紛れもなく崇高なものなのだ。静かに静かにそんな思いに満たされる。

それは幾度となく映画のテーマでも物語られてきた、愛というものは、決して完全なものではないし、むしろ危うさや残酷さを伴うものだということを思い出す。ハネケらしくないテーマではなく、冷徹に見据えるハネケゆえに描ける一筋縄ではいかないものであるのだ。あくまでも厳格に洗練され、それゆえに生じる痛ましさを際立たせつつ、シビアに真実をあぶり出す。その上ですべて織り込んで、芸術品としてうたい上げるのだ。美しい音楽の見事な演奏を聴いた後のような余韻。


(3/9 ロングライド)

出演
ジャン・ルイ・トランティニャン(Georges)
エマニュエル・リヴァ(Anne)
イザベル・ユペール(Eva)
アレクサンドル・タロー(Alexandre)
ウィリアム・シメル(Geoff)
ラモン・アジール(Concierge's Husband)
リタ・ブランコ(Concierge)
キャロル・フランク(Nurse)
ディナーラ・ドルカーロワ(Nurse)
ローラン・カペリュート(Police Officer)
ジャン=ミシェル・モンロック(Police Officer)
シュザンヌ・シュミット(Neighbour)
ダミアン・ジュイユロ(Paramedic)
ワリッド・アフキ(Paramedic)

監督 ミヒャエル・ハネケ
脚本 ミヒャエル・ハネケ
製作 マルガレット・メネゴス 、シュテファン・アルント 、ファイト・ハイドゥシュカ 、ミヒャエル・カッツ
撮影 ダリウス・コンジ
美術 ジャン=バンサン・ピュゾ
録音 ギョーム・シアマ 、ジャン=ピエール・ラフォルス
編集 モニカ・ヴィッリ 、ナディン・ミュズ
衣裳デザイン  カトリーヌ・ルテリエ
字幕 丸山垂穂


今週末見るべき映画/excite ism






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by CaeRu_noix | 2013-03-15 19:56 | CINEMAレヴュー | Trackback | Comments(2)
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Commented by at 2013-03-20 12:06 x
ハネケ監督は身内の体験がこの映画をつくるきっかけになったらしいですね。それが、いつもと違う「やわらかな空気」になったかも。とはいえ、やはりハネケの映画でしたね。

ヨーロッパ人(キリスト教徒?)の過酷な愛というやつは、ぐずぐずのわれわれには分かりにくて……。

かえるさんの久々の長文。楽しませていただきました。
Commented by CaeRu_noix at 2013-03-22 18:42

雄さん♪
ありがとうございます。
ハネケの身内におこったことは具体的にはどんな感じだったのか気になってしまいますね。どんな現実もハネケ劇場ではクールに上演されてしまうのでしょうけれど。

こういうテーマのものは人それぞれの価値観、人生観、倫理観によって全く見え方が違ってくると思うのですが、私としては、アンヌ本人の意思を尊重するというところに心打たれたので、この物語にあまり負のイメージが残らなかったんですよね。なのでハネケならではの意地悪さもそんなには感じなかったです。リヴァ様シャワーシーンなどいれちゃうところはまぁさすがなんですが。
病院のベッドで管だらけになってただ生かされたいとは思わないし、みっともない姿でどんどんおかしくなっていくよりは…と思ってしまう私は、彼の行為の瞬間こそはショッキングであれ、納得はいったのでした。夫婦2人の生、時間を大事にしようとしたところに愛を感じました。そんな感じで紙一重とはいえ、自分的にはしっくりとアムールの物語として沁みました~。
でも実際のところ、ハネケ監督がこのシーンで何を描いているか一つ一つや思いのようなものは、手に取るようにわからないんですよね。そこが面白く。
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