かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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「パレスチナ・ナウ -戦争・映画・人間」 四方田犬彦
2008年 01月 29日 |
映画を通し、日本人には身近でないパレスチナを体系的に理解。



1.「テロ」の表象
 ミュンヘンの灰、ハリウッドの黄金 --『ミュンヘン』への疑問
 自爆攻撃に至るまでをめぐる二つのフィルム
          --『アルナの子どもたち』、『パラダイス・ナウ』
2.多元化するイスラエル
 シオニズムと映画
 メラーの裔
 モハマッド・バクリの孤立
3.パレスチナ映画とは何か
 ミシェル・クレイフィ
 ラシッド・マシュラウィ
 エリア・スレイマン
4.戦争と映画
 アラブ映画祭によせて
 わたしはイラク映画をよく知らない
 コソヴォで観る黒澤明
 エミール・クストリッツァと奇跡
5.パレスチナの表象と日本
 若松孝二、足立正生とパレスチナ問題
 日本映画とパレスチナ
   --『ガーダ』、『OUT OF PLACE』、『幽閉者』」
 岡本公三の肖像

物事は二項対立でとらえられるものではないと、何度も学びえたはずなのに、そうする方が把握しやすいからだろうか、気がつけばいつも単純な図式を頭の中で描いていた。イスラエルとパレスチナの対立についてもそうだった。本書を通じて今ひとたび、そういった思考にとらわれないことを目指し、そこにある現実の複雑性について認識を新たにしたのであった。イスラエルやパレスチナについては、映画を通じて興味をもったことが主で、何本もの映画を通して、自分なりに理解を進めてきていたと思っていた。ところが今さらにして、私は何もわかっていなかったんだなぁと言うことを思い知る。

フランス映画の『約束の旅路』を観た時に、エチオピアのユダヤ人の存在を知ったのだけど、ひとえにユダヤ人といっても、その人種はさまざま。『迷子の警察音楽隊』の主演俳優のようなアラブ系のイスラエル人もいる。人種では括れないし、宗教でも括れないという。ユダヤ人国家建設を進めたシオニストはむしろユダヤ教を重んじていないというのは興味深い。そんなイスラエル社会内でも、出身地や民族ごとの階層ができており、東欧系のアシュケナジームが支配層であり、地中海沿岸のスファラディーム、イスラム諸国からのミズラヒームは下層市民なのだ。イスラエル人が一丸となって、パレスチナ住民と対立しているわけではもちろんなくて、イスラエル国内にも様様な問題が横たわっている。ユダヤ人とは一体何なのかと、内田樹氏の「私家版・ユダヤ文化論」も読みたくなるな。

さて、本書は、スピルバーグの『ミュンヘン』批判から始まり、その論説にグイグイと引き込まれる。私は 『ミュンヘン』という映画を評価しているのだけど、ここに描かれるパレスチナ人がいかに単純化されたものかという批判は実に説得力のあるものだった。そして同じ章で、昨年鑑賞した、自爆攻撃に向かうパレスチナの青年を描いた『パラダイス・ナウ』について、復習し補完することができた。ジャンルによっては、映画の感想・解釈は自分の主観が全てでかまわないと思うけれど、歴史的なもの、政治的なもの、社会的な要素をもった作品の場合、専門家の考察には学ぶところが多いのだった。

日本では観ることができないようなタイトルさえも知らなかったパレスチナ映画も多く登場するのだけど、映画の内容の紹介やそれに対する洞察がわかりやすく書かれているので、まさにそういった映画通じてパレスチナ情勢の一端を垣間見ることができる。体系的に説明がされるので観たことはないけれども、タイトルは知っていた映画についても興味を抱かせられたし、エリア・スレイマンの『D.I.』 など、鑑賞したことがありながら理解不足であった作品についての解釈は大変参考になるものだった。かねてから関心のあったスレイマンやアモス・ギタイについての言及は嬉しい。当時よりも、パレスチナについてやスレイマンの立ち位置についてを咀嚼できた今、改めて『D.I.』を観てみたいな。

それから、パレスチナ問題とは別で、旧ユーゴスラビアとエミール・クストリツァについてページが割かれていたのも嬉しかった。偶然にも、長編処女作の『ドリー・ベルを覚えているかい?』の鑑賞の機会があった直後に、このページにたどり着いた。大好きな監督でありながら、『アンダーグラウンド』がセルビア寄りだと批判されて引退宣言までしたエピソードのことも、表面的にしか知らないでいた私なので、この章もとても意義深いものだった。アメリカで 『アリゾナ・ドリーム』撮影中に、ボスニア紛争が起きたのだね。そして、『アリゾナ・ドリーム』の冒頭には、紛争勃発を知らせるニュースのTV映像が映されていたことを私は気にも留めてなかったんじゃないかな・・・。

その名前を聞いたことがある程度だった足立正生、若松孝二両氏の経験についても初めて知った。彼らのその後の活動がどうこうというよりも、かつてパレスチナ・ゲリラと共に過ごし、最後に命拾いさせられたという体験に突き動かされていったという事実はとても印象深い。監督作品にも興味をもってしまう。興味はいくつもの方向に増殖する。ゴダールの『ヒア&ゼア・こことよそ』がやっぱり観たいなぁとか、エドワード・サイードを読まなくちゃとか。パレスチナそのものについての学べるばかりか、映画について、世界について、更なる好奇心/探求心も生まれる読みごたえのある1冊であった。
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by CaeRu_noix | 2008-01-29 22:50 | Art.Stage.Book | Trackback(4) | Comments(12)
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Tracked from Mani_Mani at 2008-01-30 04:13
タイトル : 「パレスチナ・ナウ−戦争・映画・人間」四方田犬彦
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Tracked from 真紅のthinkingd.. at 2008-01-31 16:50
タイトル : 中東までの距離〜『パレスチナ・ナウ/戦争・映画・人間』
 四方田犬彦氏が映画史家として自らの映画体験を総括し、とりわけイスラエルと パレスチナ映画について分析、考察、パレスチナ問題の複雑さを我々に提示してく れる一冊。我々とは、中東近代史、パレスチナ信..... more
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タイトル : mini review 08289「パラダイス・ナウ」★..
イスラエル占領下の町ナブルスを舞台に、自爆攻撃に向かう二人のパレスチナ人青年の苦悩と葛藤(かっとう)を描いた問題作。第78回アカデミー賞では、自爆攻撃の犠牲者遺族が外国語映画部門ノミネートから外すよう抗議があったなど、世界各国で上映され論争を引き起こした。監督はパレスチナ人のハニ・アブ・アサド、製作陣の一人にイスラエル人のアミール・ハレル。占領により国家として、人としての尊厳を奪われたパレスチナの現実に胸が痛む。[もっと詳しく] 「自爆攻撃」は「無差別テロ」とは、まったく異なることは了解したとして...... more
Tracked from 忍者大好きいななさむ書房 at 2009-05-22 00:10
タイトル : パレスチナ・ナウ―戦争・映画・人間
パレスチナ・ナウ―戦争・映画・人間... more
Commented by kusukusu at 2008-01-29 23:51 x
パレスチナーイスラエル問題は、民族対立問題ですが、同時に人権問題であるという気がしますね。
僕のもうひとつのブログ「パレスチナ・ニュースソース」(こちらは昨年8月で更新が止まったままになってしまっているのですが・・)で、昨年6月に紹介した(下記のリンク先のもの)、ブサイナ・ホーリー監督の作品のように、女性の人権の観点から問題を描いているパレスチナ映画も出てきているようで、パレスチナ映画も逆境の中で幅を広げつつあるのかもしれません。
http://star.ap.teacup.com/palestinia/311.html
それにしても、次々と精力的に本を出される四方田氏の仕事ぶりもすごいなー。
Commented by manimani at 2008-01-30 04:20 x
こんにちは
わたしはこの本を読んだあとで「アリゾナ・ドリーム」をみたので、冒頭、ああ、これか〜と。。。

それからわたしもついこのあいだ「ドリーベル」を観たのですが、もしかして同じ場所??

で、「ヒア&ゼア」はやはり苦行のような作品でありました(笑)

ガザの壁といい、「サイード」の監督も亡くなってしまったし、状況はどんどん変わっていきますね。ついていかねば・・・
Commented by CaeRu_noix at 2008-01-31 07:27
kusukusu さん♪
民族対立問題という認識がまずあるんですが、実はその要素は少ないようにも思います。「対立」というのは、ある程度フィフティフィフティなもののような。というわけで、人権問題であるというのにも納得です。
人種差別に性差別が重なったりという問題は時々見かけるのですが、パレスチナでもまた、女性人権の観点の問題があるんですね。そして、それをテーマに映画を撮る女性監督もいるというのは興味深いです。
四方田氏の名前はよく見知ってしたのですが、著作をちゃんと読んだのは初めてでした。本書はまぁ、それまでに寄稿したものなどをまとめたものらしいけれど、本はたくさん出されていますよね。
ここ/日本で映画を見て感じたことを机上で書くばかりじゃなく、よそ/現地で多くの人の話を聞いて、執筆しているのがさすがです。
Commented by CaeRu_noix at 2008-01-31 07:27
manimani さん♪
『アリゾナ・ドリーム』 があとだったんですねー。
ニュース映像に登場するボスニア紛争というものは、いくつかの映画で観てきた気がするのですが、アリゾナのは記憶になくて、もう1回見直そうと思っている私です。本当に皮肉な状況で、複雑な心情だったのでしょうね。
ドリーベル鑑賞は、そんなにいろんな場所でやっていたとは思えないので、同じ場所だったのかもしれませんね。茅場町に近いところのギャラリーでした。あんなに少人数の中にいらっしゃたとはドッキリ。(笑)
「ヒア&ゼア」はやはり楽しめる映画にはほど遠いのでしょうか。中国女などはすごく好きなんですけど。
パレスチナのことは、ニュースで伝えられることでは出来事の概要しか把握できないので、それに注意を払いつつも、やっぱり映画にも期待したいです。
Commented by manimani at 2008-01-31 11:02 x
こんにちは♪
「アリゾナ~」での紛争への言及は非常に目立たない形だったので、印象に残らないのが普通かなと思います(笑)
「ヒア&ゼア」DVD持っているんですが(笑)二度と観るかどうか・・・

あ、で、そうそう茅場町です~密かにお会いしていたんですね^^
機会があればちゃんとお会いしたいです。。
Commented by 真紅 at 2008-01-31 16:58 x
かえるさま、こちらにもお邪魔します。
最後の1ページまで読み応えのある本でしたね。
内田氏の『私家版・ユダヤ文化論』は新書だけあって読み易かったですよ。
しかし、読み易いのと理解し易いのはイコールではないのでした、私の場合・・・。
↑記事で紹介されている様々な映画も、機会を作って観たいと思います!
ではでは、また来ます~。
Commented by CaeRu_noix at 2008-02-01 07:13
manimani さん♪
アリゾナのそのシーンはそんなにさりげなかったんですね。
この本の説明を読むと、ボスニア紛争への言及がたったそれだけだったことが、むしろ複雑な思いをそう象徴しているようで興味を誘います。
「ヒア&ゼア」はまぁ感じるところは何もないとしても、一度は観てみたいです。
ゴダール作品にはそういう魅力があるんですよね。
茅場町です。はい。SNSのコミュニティでのアナウンスでした。
そうですね。機会がありましたら、お会いできるとよいですね。
その時はDVD貸してください。(笑)
Commented by CaeRu_noix at 2008-02-01 07:19
真紅 さん♪
読みごたえありましたー。
ホントにこの本を読もうという気になったのは真紅さんのおかげです。
感謝、感謝。
「私家版・ユダヤ文化論」って、新書なんですか。
てっきり分厚いハードカーバーものだと思いこんでいました。
それならばいけそうですね。チャレンジしてみます。
去年、内田氏と養老氏の対談本を読んで、その中でユダヤ文化論にも触れられていたので、かなり興味をもったところだったんですよ。
パレスチナの映画についても、本書のおかげでまた興味がましました。
今度封切られる『ナクバ』のドキュメンタリーも観てみたいな。
真紅さんにはアモス・ギタイ作品などもご覧になってほしいですー。
Commented by kusukusu at 2008-02-02 22:53 x
「パレスチナ・ニュースソース」を久しぶりに更新しました。
映画でなく音楽ですが、バレンボイム氏の記事は少し気持ちが励まされます。
Commented by CaeRu_noix at 2008-02-03 09:07
kusukusu さん♪
それはよかったです。
バレンボイム氏というのはイスラエル人ピアニストなんですね。
音楽は国境、民族や宗教を超えて、人の心に響くものですから、貴重な嬉しいニュースですね。
Commented by go_to_rumania at 2008-02-07 16:37
これも、見てみたいですね。。。
やっぱりこういうこと、身近でなくても、知らないといけませんね。

*とても遅くなりましたが、私のほうにお返事をしてあり
もう一つ同じお薦め映画、描いてあります。
お時間あったら是非・・
Commented by CaeRu_noix at 2008-02-08 23:23
go_to_rumania さん♪
ああ、興味をもっていただけたなら嬉しいのですが、見てみたいのはどちらでしょう??
ちなみに、この記事は書物についてのものなので、見るというよりは読むものなんですが、見たいというのは、その中で紹介されている映画の何かでしょうかー?

で、
「カルラのリスト」は今もオフシアターなアップリンクXという所で、上映はされているもようです。3/28にはDVDがリリースされるので、是非見たいです。
「ホテル・ルワンダ」は、日本ではかなりの話題作だったので、多くの方々がご覧になっているはずですよ。
そして、「4ヶ月、3週と2日」はいよいよ、3/1公開です!
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