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『マンデラの名もなき看守』 Good-Bye Bafana
2008年 06月 06日 |
静かな感動が染みわたる。

刑務所の看守として働くジェームズ・グレゴリーは、1968年、ケープタウン沖のロベン島に赴任し、政治犯として投獄されていたネルソン・マンデラの担当看守になる。



94年には南アフリカ初の黒人大統領となったマンデラが、アパルトヘイト政策下に反政府運動の活動家として捕えられて27年間の獄中生活を送った際に、マンデラと関わった看守がこの物語の主人公。どこがどうして名もなき看守なのかさっぱりわからない、看守の名前はハッキリくっきりジェームズ・グレゴリー。名前は劇中で語られるけれど、一般的には無名な人間ということかな・・・。というわけで、マンデラ自身が映画化を許した初めての作品ということなんだけど、その著名な英雄を主人公とするのではなく、看守の目線で静かにじっくりと描かれていたことで、説教臭い社会派映画ではない、味わい深いヒューマン・ドラマになっていたのがよかったな。ジョセフ・ファインズはもちろん期待を裏切らず、いつもよりもエキセントリックな濃さが控え目な気がして(最初に登場した時はやけにサッパリ顔に見えた)、人間らしさが感じられる絶妙な存在感を見せてくれた。

ビレ・アウグスト監督の長編映画を劇場鑑賞するのは初めてなのだけど、二度のパルムドール受賞歴を誇るだけあって、確かな手ごたえを感じるとてもエクセレントな作品であった。冒頭に"文部科学省選定"の文字を見た時は一瞬悪い予感がしたのだけれど、それは杞憂に終わり、これ見よがしではなくじんわりと心に沁みる、大人の語り口の静かで美しいドラマであった。舞台はアフリカなのだけど、ロベン島という孤島のロケーションゆえか、北欧映画のイメージに重なる寂しげな風景の広がりに心掴まれて、端整な映像、演出の的確さに目を奪われてしまった。例えば、シーンが切り替わって、映し出された人物がお茶やお酒を注ぐという姿から一つのエピソードが始まるという描写がすごくいいなぁって思ったのだよね。例えば、静寂の中で電話のベルが鳴り出すタイミングのよさに感心したり。フレームの中の構図がとても好みで、ワンショットごとに注目。奇をてらったアート系演出というのではなくて、さりげなく計算しつくされているかのような静かなる芸術性にすっかり魅入ってしまったのだった。

白人看守と囚われた黒人の交流を描いているというから、てっきり心温まる友情模様が繰り広げられるのかと思いきや、それほどに2人の間に熱い友情関係が芽生えるというのでもなく、看守グレゴリーも別段、温良な人格者でもなく、初めは人種差別を当然のものとしていたのが、むしろ面白いものだった。とりわけ夫の出世命の妻の言動は、わかりやすく描かれていて興味深かったな。人間の差別意識というのは一体どこで生まれるのだろうと思うのだけど、人種差別は問題だという常識がなかったら、疑いなくそれは神の思し召しだと素直に受け入れることができるなんて・・・。仮に一縷の疑問を持ったとしても、自分達がよりよい生活を続けるために、決まり事には従ってしまうものかもしれない。アパルトヘイトという政策は治者の利害、悪意のもとに施行されたに違いないのに、一般の人々は、肝心なことから目を逸らされて、黒人は危険なテロリストだと信じ込んでいるという状況はやはり歯がゆい。今やアパルトヘイトは廃止されたのだけど、この世界中には21世紀を迎えてもなお、人種、民族や宗教を一括りにして敵を作り上げる偏見がなくなってはいないから、この題材には考えさせられてしまうし。

どうして、黒人だけが身分証が必要で、私たちは必要じゃないのって。小さな娘の言葉は印象的に巧みに描かれていたよね。眼をつぶることの方が楽なのかもしれないけど、人間は真実を追求せずにはいられないし、大切なことに気づいたなら、気づかないふりなどできない生き物でもあるのだ。最初はごく普通に、差別意識をもっていたグレゴリーが、人格者マンデラに接していくうちに、黒人の見方が変わっていく様が、丁寧に描かれているから、観ている私も静かにゆっくりと感銘を受ける。検閲という仕事に何の疑問も持たなかった男が、自由憲章にうたわれている真実を知ろうと図書館にでかけ、紙片を持ち帰るエピソードが心に残る。一般の人々には情報が歪曲されて知らされているという事実にゾッとしつつ、グレゴリーのように正しきことに歩み寄ろうと偏見を変貌させていく人もいることが嬉しい。そして、危険な敵として存在しながら、その看守の心を揺るがすことが必然であった、ネルソン・マンデラという人の器の大きさにも改めて感じ入るのだった。

最も感動したのは、気持ちを近づけた二人が、「棒術」でお手合わせをしたシーン。具体的な言葉を交わしたり、スキンシップをとるのでもなく、とても自然にリズミカルに真剣に向き合うその姿には釘づけになった。映画的にも極上の名シーンだと感じ、こんなにオツな場面で2人の関係性を表現したセンスに感嘆したのであった。棒術の躍動感と、タイトルにもなっている「Good-Bye Bafana」という言葉もじんわりと心に響く。子ども時代は黒人の友人と仲良くしていた男もいつの間にやら差別主義者になってしまったのだけど、マンデラとの出会いを通じ、あの頃のような偏見を超える友好関係を取り戻したグレゴリー。黒人だの白人だの名もなきままでいてはいけなくて、一括りにせずに相手の名前を呼び、個人同士向き合ってこそなのだ。
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by CaeRu_noix | 2008-06-06 07:18 | CINEMAレヴュー | Trackback(13) | Comments(6)
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Commented by となひょう at 2008-06-07 23:57 x
かえるさん、こんにちはぁぁぁ。
TB&コメントありがとうございました。
静かな感動でしたよね~
鑑賞前は「アパルトヘイト」と聞いただけで、どちらかと言うと激しい描写が続くのかしらとイメージしてしまったのだけど。
実際には、静かで穏やかな作品だと感じました。
レビューで触れるのを忘れてしまったけれど、妻のグロリアのセリフにはビックリしましたわ。人種差別の要因に神の名前を持ち出すなんて。
でも、グロリアを人としてどうこう考えるのではなく、差別意識を持つことが当たり前だと教えられる社会に驚愕したのでした。
グレゴリーの娘が、グレゴリーに人種差別への疑問を素直に投げかける場面は印象的でした。
グレゴリーの心情が変化していくターニングポイントみたいに思えました。
ロベン島のロケーションは、本当に素敵でしたよね。
ここについて触れている方に出会えたことが嬉しいです♪
Commented by CaeRu_noix at 2008-06-09 00:34
となひょう さん♪
静かに染みわたる上質な感動がありましたよねー。
私は過剰なお涙頂戴ものにはむしろ冷めてしまったりするので、こういう感じがとても好きなのですよー。
おお、「アパルトヘイト」って、激しい描写のイメージですかね?
私の場合、アパルトヘイトといったら、教科書に載っていた写真のイメージ、黒人と白人の乗り物が別だったりするという冷たい乾いたイメージをもっていたかもしれません。というか「アパルトヘイト」を描いた映画だとも思っていなくて、ただマンデラさんと白人看守が交流する物語なのかなとうっすらと思っていたので、それはそれで想像と違うものでしたが、好きなタイプの語り口だったのでよかったです。
グロリアの台詞は印象深かったですよね。人間の社会には興味が尽きません。差別を当然と思うのは仕方ないとして、神という言葉を実に都合よく使っているのがおもしろかったです。
それとは対照的な娘ちゃんの素直さがまた胸をうちましたよね。
的確な描写が光るよいシーンだったと思いますー。アウグスト急上昇。
そして、船着場のショットにもとても心動かされましたよねー。
私は常に俳優の演技よりか風景の美しさなどに注目しちゃう方なのです。
Commented by BC at 2008-06-28 15:09 x
かえるさん、こんにちは。

ホント、邦題“名もなき”のニュアンスが曖昧でしたね。。。

人種意識に関するグレゴリーの心の変化や
マンデラとの信頼関係につながっていく姿が丁寧に描かれていましたね。

刑務所映画にありがちな過激な描写や感情的な演技が少なく、
抑制されていたのが良かったと思いました。(*^-^*
Commented by CaeRu_noix at 2008-06-29 01:35
BCさん♪
邦題のセンスがいまいちなのはいつものことですが、日本語的にどーなの?って思ってしまう言葉ですよねー、これって・・・。
それはさておき、彼らの心の機微がとても繊細に描かれていたと思います。
私は結構、実在の人物ものだとか、長い歴史を描いた物語には、そんなにハマれないこともあるのですが、これは好みのタッチの作品でありました。
ゆったり静かな感じがとにかくよかった。
ヨーロッパの映画をほとんど観ていない頃から、たまたまこの監督の「ペレ」だけはレンタルビデオで観ていたので、何となく親しみを感じる監督なのでした。
知的なお姿も何だかステキだしー。
刑務所舞台の映画って多いですけど、変に看守が冷酷、意地悪だったりするものも多いですもんね。
そう、これは抑制がきいていたのがよかったなーって思います。
Commented by ぺろんぱ at 2008-07-13 18:49 x
かえるさん、こんばんは。
私もやっと昨日観て来ました。
かえるさんも御指摘の通り、グレゴリーや妻グロリアの心の変遷が「丁寧に」描かれていて自然に気持ちを重ねることが出来たと思います。

あと、ジョセフ・ファインズのイメージが“いい意味で”変わりました。(^_^)
劇場に観に行ってよかったです。
Commented by CaeRu_noix at 2008-07-14 08:11
ぺろんぱ さん♪
そちらではまだ上映されていたのですね。
劇場鑑賞していただけて嬉しいですー。
冒頭"文部科学省選定"の文字を観て、悪い予感がしたというのに、ドラマが進むごとにしっかり見入ってしまいました。
そうなんですよ。彼らの心の移り変わりがゆっくり静かに丁寧に描かれていたと感じられました。
私は結構、短い期間を描いた映画の方が好きなんですよね。1日の物語とか一週間とか一か月とかせいぜいでも1年。足かけ数年、何十年を描いたものはお気に入り度がそんなに高くないことが多いのですが、これはかなり気に入ったんですよね。その年月の経過の描写がすごく自然に感じられたのがポイントでした。その変化を演じきっていたジョセフが素晴らしかったっていうのも大いにあります。
ホント、私も今まで苦手目だったファインンズ弟のイメージが変わりましたー
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