かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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Le Voyage du Ballon Rouge 『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』
2008年 08月 12日 |
あの赤い風船はずっと旅をし続ける。
何てことはないささやかな日常を物語りながら、普遍的なテーマが心に沁み入り、その芸術性が眩く輝いて。

パリの映画学校に通う留学生のソンは、人形劇の仕事をするスザンヌに雇われて、7歳の息子シモンのベビーシッターをつとめることになった。



オルセー美術館の開館20周年記念事業として始まった映画製作プロジェクトの第1作で、アルベール・ラモリス監督の不朽の名作『赤い風船』(56)にオマージュが捧げられている。

この機会にリバイバル上映された 『赤い風船』も劇場鑑賞することができたことは嬉しかった。そして、リリカルに美しいその名作を堪能したすぐ後に、それにオマージュを捧げた本作を味わうことは、この上ない感銘をもたらす至福の映画体験であった。

まるで、あの時の赤い風船が、時間旅行をして、21世紀のパリの空にやってきたかのよう。原題の"Le Voyage"というのは、空間的な旅ばかりを意味するのではなく、時の流れの中を旅しているイメージ。ふんわりと漂いながら、時間と空間を旅しているの。まさに風船の視点で、街とそこに暮らす人々の姿を俯瞰する。半世紀という時を経て、変わらないものと変わりゆくものを同時に目の当たりにすることは、なんて感慨深いのだろう。街の装いも人々の暮らしぶりも、多くの変貌を遂げているのだけど、何ら変わらずに普遍性をもつ人々の営みや思いもそこにあるのだよね。

侯孝賢監督はやっぱり素晴らしい名匠だよね。一般的には、侯孝賢の代表作は変わらずにこれからもずっと 『悲情城市』なのかもしれないけれど、私は近年の侯作品の味わいが大好きなの。『珈琲時光』は2004年のマイベスト5に入るほどに気に入った映画だった。そう、本作から受ける感銘はあれに似ている。小津安二郎監督の生誕100周年に際し、小津作品にオマージュが捧げられていた『珈琲時光』も、小津作品の中の街の風景や家族模様と比べて、年月を経てずいぶんと変化したものとそれでも変わらないものが同時に描かれていたことに、静かで深い感慨があったのだ。電車のガタンゴトンというリズムが人間の鼓動に重なって-。

ゆったりとした時間の流れの中で、人々の営み・生活が続いていることにしみじみと思いを寄せながら、文化や芸術が年月経て受け継がれていることにも心惹かれる。スザンヌが人形劇の声優のような仕事をしているという設定にまず嬉しくなる。『戯夢人生』などで描かれていた台湾の伝統芸能の人形劇(布袋戯)が趣向を変えて、フランスの地でも上演されているというのがとてもステキ。西洋らしく伴奏はサックスだったりするのが興味深くて。独特の芸術が時を経て伝えられ、それが今や、いとも簡単に海をも渡り、その土地ならではのものにアレンジされる。確固たるものでありながら柔軟に、受け継がれる文化もまた人々の営みの中に組み込まれているものなのだなぁって。

そして、かけがえのない芸術である"映画"もまた時間と空間を旅するものなんだよね。『赤い風船』が封切られたその時代には生まれていなかった私も、ソンも、シモンだって、その名作に出逢うことができるのだ。スザンヌの父親が映る8ミリの映像をDVDに移し変えるというエピソードを通じて、また、ソンが道すがら手軽にシモン映画の撮影をして、それをすぐさまパソコンに映してみせるという過程を目にして、技術の進歩による記録媒体や撮影機材の変化を意識しながらも、映像が伝えてくれるものとその輝きは色褪せないのだということを実感する。映画づくりもまた変化しながら、国境を越えて受け継がれていく。変わらない感動がそこにきっとある。

フレームの中のフレーム。光を反射しながら、人々の姿を映すガラス越しの映像も印象的。彼女達の姿がしばしば店のショーウィンドウや車窓越しに映し出されることで、或いは、彼女達が暮らす部屋を常に同じ場所から捉えたフィックスのワンカットによって、登場人物の誰かに近づいて感情移入したりすることもなく、まるで監督の温かな目線を共有するかのように、私たちはただ静かに見守ってしまうのだ。赤い風船の時代にはポピュラーではなかったであろう働くシングルマザーとアジア人の雇われ人という構図。感情的になりがちな母スザンヌのもとで落ち着いて振る舞うソンの思いに気をもみながらも、シモンという宝物を通じて、信頼関係が築かれていることにホッとする。空に浮かぶ赤い風船の俯瞰する視点を持ちながら、人々の日常の全てが愛おしく思えるの。

音楽を奏でるピアノを一つをとっても、それに関わる複数の人がいる。次世代の子どもたちに教える先生がいて、それを運ぶプロがいて、調和のとれた音を取り戻す調律師がいる。そこにも目に見えない芸術と人の営みが息吹いている。スザンヌが激しく口論をした空間で、目の見えない調律師がゆったりとピアノを響かせるその光景のきらめきの素晴らしさったら。そして、オルセー美術館に展示されている絵画を見て、人々はそれぞれの思いを抱く。シモンは何を思ったのだろう。目映い時間が流れ続ける。
☆☆☆☆☆

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by CaeRu_noix | 2008-08-12 20:29 | CINEMAレヴュー | Trackback(12) | Comments(8)
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ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン [DVD]角川エンタテインメントこのアイテムの詳細を見る ホウ・シャオシェンの レッド・バルーン LE VOYAGE DU BALLON ROUGE 2007フランス 監督:ホウ・シャオシェン 製作:クリスティーナ・ラーセン、フランソワ・マルゴラン 脚本:ホウ・シャオシェン、フランソワ・マルゴラン 撮影:リー・ピンビン 出演:ジュリエット・ビノシュ、シモン・イテアニュ、イポリット・ジラルド、ソン・ファン、ルイーズ・マルゴラン 他 パリ・オルセー美術館の開館20...... more
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Commented by きぐるまん at 2008-08-17 00:44 x
ブログへのリンク、ありがとうございます。
遅ればせながら今日気づきました。
よろしければTBしてください。

>原題の"Le Voyage"というのは、空間的な旅ばかりを意味するのではなく、時の流れの中を旅しているイメージ。

本当にその通りですね。
ホウ・シャオシェンは、「光」だけでなく「時間」を意識させてくれる監督でもありますよね。

>私は近年の侯作品の味わいが大好き

実は僕も、好きな作品は、と訊かれたら『ミレニアム・マンボ』と答えることにしてます。
主人公の部屋にキティちゃんがあって、おやおや、なんて微笑ましく思ったりもしました(笑)。
Commented by CaeRu_noix at 2008-08-18 00:47
きぐるまん さん♪
こちらこそ、コメントありがとうございます。
そうなんですよ。何の映画だって、時間は流れているはずなのに、ホウ作品は、何てことのない日常を描きながら、時間を意識させてくれるから不思議です。
「光」という漢語が、日にちをさすことに即すように、ホウ作品は光のまばゆさと共に時間の流れのきらめきを感じさせてくれるのですよね。

『ミレニアム・マンボ』もいいですよねー。
夜のお店の室内の、照明の人工の光もまた印象的でした。
あのスーチーの心のうつろいもとても共感できるもので、ホウ監督ったら、オジサンなのに、なんてこんなに女子マインドがわかるんだろうって、思いました。
キティちゃんグッズはアジアあちこちではやっていたんですっけね。
日本もそういえば登場していましたし。
Commented by シャーロット at 2008-08-24 22:46 x
やっと見れました。かえるさん情報に歓喜してそそくさとロポンギへ。(しかし、しぶやでも上映されるんですね;)
そうそう、フランスであっても「光」のせいか、私にはまるでアジアにいるようにも思える個所がありました。そんな光の使い方にグッときましたよ。
それと、、、ガラス越しの映像にはシビレました。光はガラスによってまた表情が変わるものですし。直接その表情を見るよりも、心の奥を覗けるものだったりしますよね。私は感情移入をしちゃった;
変わるものと変わらないもの。芸術はそうやっていつも引き継がれていくのかしらね。
そんなものが両方いっぺんに愛おしい作品でした。
Commented by 狗山椀太郎 at 2008-08-26 00:23 x
こんばんは。
確かに『珈琲時光』に似た趣がありましたね。私にとってあの映画は、はホウさん作品の初鑑賞だったということもあって(初期の作品はほとんど見ていません)いささか戸惑い気味で見てしまったのですが、本作はとても心地の良い気分でリラックスしながら見ることができました。描かれているのは日常の何気ない情景ばかりなのに、不思議とホッとしまうようなところがありますよね・・・。
巧みなカメラワークもそうですが、ソンとシモンの会話場面がふいにシモンと姉のシーンに切り替わったり、ところどころ時間軸をずらした不思議な演出が施されているところも面白かったです。
Commented by CaeRu_noix at 2008-08-26 00:51
シャーロットさん♪
ご覧になれてよかったですー。
でも、ロポンギはB1の一番狭いスクリーンじゃありませんでした?
ちなみに、「ブレス」もそこだったのでした。
ホウ作品はとにかく光のやわらかさ、まばゆさがステキですよねー。
そのへんの撮り方はロメールに似ているかもって思ったんだけど、やっぱりロメールだとフランス映画で、ホウ監督だとアジア映画の味わいなんですよね。不思議と。
天窓だったり、車窓だったり、ショーウィンドウ、ファインダーだったり、いろんなパターンがありましたけど、被写体直じゃなく、もう一つのフレームに映されるっていうのが多用されていて、それがとても面白かったです。
こんだけいっぱいあったら、わざとらしくなっちゃったりもするところなのに、このゆったりとした空気の中ではとても自然で、味わい深い表現になっていましたよね。
心擦り切れ気味のスザンヌママにも、穏やかなソンちゃんにも感情移入しちゃいましたよね。シモンにも。
ホウ監督はやっぱり素晴らしい芸術家だなぁと感じることしきり。
Commented by CaeRu_noix at 2008-08-26 01:10
狗山椀太郎 さん♪
オマージュをささげた映画、異国で撮った映画という共通点もあってか、わたし的には、本作はかなり『珈琲時光』テイストでした。
椀太郎さんも心地よーいひと時が過ごせたようで何よりです。
フランス映画好きの私はパリの街が舞台の映画はしょっちゅう観ているんですが、おしゃべりなフランス人がそこらじゅうにあふれたアップテンポのものが最近は多かったので、このゆったり感は極上でしたわ。
突然、お姉ちゃんが登場しちゃうところもファンタジックでステキでしたよね。そういう境界があいまいなところがまたよかったし。
まったり日常感でいっぱいなのにメルヘンが散りばめられているのが素晴らしいですねー
Commented by 真紅 at 2008-09-19 00:01 x
かえるさん、TBありがとうございました。私からも送らせて下さいー。
う~ん、かえるさんの記事、読み耽ってしまいました。。素晴らしい記事ですね。
こんな風に、映画から受け取ったメッセージを言葉に置き換えることができたらいいな~。
この映画のラストに、♪チンチン~、って「乾杯~」っていう曲が流れたと思うのですが、あの曲って『インファナル・アフェア』の音楽なんだそうです。
観た後で知ったのですが、なんだか「アジア人でよかった~」と思ってしまいました。
フランス語がしゃべれるアジア人になりたいです。仏語、全然わからないんですけど。。
ではでは、また来ますね~。
Commented by CaeRu_noix at 2008-09-20 01:25
真紅さん♪
おくりっぱですみません。ありがとうございますー
とんでもないですが、本作には本当に大きな感銘を受けましたので、がんばってウダウダ書いちゃいましたー。抽象的な感銘を言葉で表現するのって、ホント難しい作業ですよね。でも、的外れかしらと思いながらも、素晴らしい作品を観た時は、何らかの言葉をしたためたいですよねー。がんばりませうー。
おお、そうなんですか。あの曲は『インファナル・アフェア』の音楽とは。それまた興味深いです。しっかし、ホウさんの引き出しも多彩ですね。
東洋の文化、アジアの情緒ってステキですよねー。
そう、そいれでいて、フランス語の話せるアジア人ー。「ダコー」「ビアン」でOK!
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