かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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「時が滲む朝」 楊逸
2008年 09月 10日 |
杏仁豆腐な感じ?



第139回芥川賞受賞作。
日本語が母国語ではない在日中国人作家が日本語で書いた作品に芥川賞が与えられたというのが話題になりましたね。

― 天安門事件前夜から北京五輪前夜まで。
1988年夏、中国の名門大学に進学した2人の学生、梁浩遠(りょう・こうえん)と謝志強(しゃ・しきょう)。様々な地方から入学した学生たちと出会うなかで、2人は「愛国」「民主化」「アメリカ」などについて考え、天安門広場に行き着く。

20年という長い年月の経過が描かれているのだけど、作品そのものが短めであるせいか、その醍醐味はほとんど感じられなかった。長ければいいというものでもないけれど、こういう題材でこれだけの時代の流れを描き出すのなら、もっとじっくりと長い文章で綴られた方が、強く伝わってくるものがあったのじゃないかと思えた。興味深く読むことはできたのだけど、深く心に響くという感じではなかったなぁ。ここには、物語があるのだけど、これを"文学"と呼んでいいのかもよくわからない。けれど、まぁ、感じるものや考させられることはいくつも散りばめられていた。特に単独では目新しさもないけれど、一つの視点としては興味深いかな。

"文学"という意味では、何故本作に天下の芥川賞がおくられたのか、世間でも言われているように、私にとってもやや疑問に感じるものであった。といっても、そもそも芥川賞にふさわしいのはどういうものなのかは知らない。ブッカー賞のような質感は求められてはいないのかな。「蛇にピアス」&「蹴りたい背中」の受賞も記憶に新しく、話題性というものが大事だったりするんだろうか。そういう意味では、毒餃子事件から北京オリンピックまで、話題の中国に絡んだものがフィーチャーされるのは必然? ともあれ、母国語ではない言葉を用いて、小説が書けるというのはすごい。変な日本語表現はたまにあったけれど、実に自然で読みやすい、流れるような文章だった。サラリとし過ぎているのが逆に残念なところかもしれない。

これは、この小説だけを読んだならば、本当にあまり心に引っかかるところのない薄味の物語という感じであった。だけど、私には映画の記憶があるから、著者の描写力や表現力とは関係のない部分で、自分の脳裏には映像が蘇ってくるのだった。8月に観た映画、『天安門、恋人たち』は心をえぐる痛みをともないつつも鮮烈でとても気に入った1本だったから。ロウ・イエの映画に登場する奔放なあの主人公に比べたら、本著の主人公はなんて地味なキャラクターなのだろうと思う。だけど、その時代には、あの映画に登場したような若者たちもいたし、また別の場所では、こういう青年もいたのだなぁと、物語が繋がっていき、こちらの浩遠の人生にも感慨をもつことができるのだった。激動の時代の混沌が痛々しい。

日本人の自分の住む社会には当たり前のようにそこにある民主主義が、その国では、そんなにも手にするのが困難なものなんだということをしみじみと実感。特に目新しい切り口ではないけれど、国や社会全体の向上を思っての行動が、目の前にある生活を壊してしまったりもするということにはやっぱりため息。誰かが行動しなくちゃ道は拓かれないのだろうけれど、そのために個々が不幸になるというのは辛い。華々しき成功譚なんてないし、その時のことを少し後悔してみたりもする。民主主義が大いなるテーマなのに、人間という俗物は、それとセットの資本主義社会の魔力的な魅力の方により惹かれていったり。結局のところ、政治運動も何でも、食うために働く生活の基盤なしでは、気合も入らない。その国のためにしたことがその国で暮らすことを損なってしまう。あれほどに理想を燃えたぎらせても、人は世の中の流れにのみ込まれるしかないちっぽけな存在に過ぎないということを思い知る。大人になるとはこういうことなのだという諦念。人生とはこんなものなのかという寂寥感。それでもそうやって、皆が自分の人生をどうにか生きていることに静かな感慨。

尾崎SONGの登場というのは、嬉しい反面、やや残念。「I Love You」は尾崎豊の一番有名な曲という感じなので、これが使われるのは真っ当なのかもしれないけれど、せっかくこういうテーマの小説なのだから、"自由になりたくないかい?どうすりゃ自由になるかい?自由っていったいなんだい?君は思うように生きているかい?とか、"鉄を食え飢えた狼よ"とか、を歌ってほしかったところ。若者が音楽の魅力に目覚める場面は、なかなか感動的ではあったかなと思うけれど、小道具としてのこの曲の用い方はあまり気がきいていたようには思えなかったかな。

でも、とにかく、いくつもの映画の記憶と、ニュース報道で垣間見る中国の姿を踏まえて、本著を味わうことには有意義なものはあったかなと。


薄いとかいうなら、「霊山」に挑戦しろよ、かも。
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by CaeRu_noix | 2008-09-10 07:01 | Art.Stage.Book | Trackback | Comments(2)
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Commented by 真紅 at 2008-09-11 17:04 x
かえるさん、こんにちは。
この小説は先月、月刊誌で読んだのですが、感想を書く時間がなかった・・・。
選評によると、今回の芥川賞候補作は低調だったそうですね。
「該当作なし」にするよりは、北京がらみの話題作を・・・という出版社の思惑が感じられましたよね。
読んでいて、私も映画を思い出しました。『小さな中国のお針子』。
『天安門~』は未見なんですが、チラシを見ていて「リウ・イエが監督?!」と思ったんですが、「ロウ・イエ」でした(全然違うがな)。
楊逸さんは、個人的には応援したいです。著者インタビュー読んで、すごい人だなぁと思いました、大陸的というか・・・・。
ではでは、また来ますね。
Commented by CaeRu_noix at 2008-09-12 01:21
真紅さん♪
さすが、すでに読まれていましたかー。
私は月刊誌を図書館で借りて読みました。(単行本は予約がいっぱいなので。) そうなんですか。低調だったとハッキリと公表されているんですね。
『小さな中国のお針子』はそういえば、青年二人が登場していたから、確かに想起する部分がありますねぇ。とにかく私も、文革の頃を描いた中国映画などはやたらと観てきたので、すぐに映像が浮かんできちゃうのでした。近頃は、文革後を描いたものもどんどんでてきて、『胡同(フートン)のひまわり』、 『孔雀 我が家の風景』、『1978年、冬。』 (西幹道)で描かれていた情景が印象深かったのでした。そして、『天安門、』はジャストでかぶるドラマだったのでしたー。
リィウ・イエはロウ・イエのパープル・バタフライにも出てましたねー。イエつながりで。
おお、楊逸さんのことは全然知らないので、私もインタビュー記事を読んでみたいです。前作の方が評価が高かったりもするみたいですね。とにかく受賞は素晴らしいと思います。加油!
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