かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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『チェチェンへ アレクサンドラの旅』 Александра
2009年 01月 21日 |
グランドマザー、サン.

80才のアレクサンドラは軍人の孫のデニスに会うためにチェチェン共和国のグロズヌイににあるロシア軍駐屯地を訪れる。



アレクサンドル・ソクーロフ監督の映画にはいつも圧倒的に魅了されるのだけど、毎回その感銘を言葉で表現できなくて。どんな言葉も陳腐に上滑りしてしまい、何も相応に語ることができないの。でも、素晴らしい作品を素晴らしいということだけは書きとめておきたいと今回は思った。この世のものとは思えない幻想的な映像世界がそこに広がっている作品においては、思考を忘れて耽溺するばかりで、そこにあるテーマをうまく探すことさえできず、言葉なんて無用と思ってしまうのだけど。こんな風に、現在進行形の現実を光景をまっすぐに映し出しているものを差し出されてしまったら、そこにある思いを受け止めて噛みしめたいと感じるのであった。

2007年春に封切られた世界的チェリストの半生を描いたドキュメンタリー映画『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』の中で美しい歌声を響かせていたオペラ歌手のガリーナ・ヴィシネフスカヤが、今度はこのフィクションの映画の中で別の輝きを放つ。地に足のついたその存在感の素晴らしさにため息。大地のグランマ。親ほどに直接的な扶養と教育の責任にとらわれていない分、祖母は孫に対して自由にありのままの人間として接することができるのじゃないかと感じられる。優しく愛情に満ちていながらも、時には率直な物言いをする祖母という存在。長く生きて、この世界の出来事を見つめてきたからこその言動や振る舞いが胸を打つのだ。

チェチェンといえば、『コーカサスの虜』のことなどを思い出す。新旧のロシアの映画には、兵役についている者を主人公にした物語に印象深いものが多い。縮小されてはいるらしいけれど、いまだに徴兵制のあるロシアという国では、身近で切実に横たわる問題なのだろう。徴兵逃れも多いというし、それでは自ら軍人となることを選んだ者ならば心配は無用なのかというと、何ら変わらないのだろう。孫のデニスがまだ何も知らない未熟な若者というのではなくて、将校という立場なのが興味深いの。もちろん彼は、彼の任務を果たしているからそこにいる。だけど、祖母の鋭い言葉に心かき乱される瞬間もあるのだよね。シンプルだけど、そんなやり取りを描いてしまうことがクレバーだよね。

チェチェンは今結局どうなっているのかよくわからない。何かが起こらなければニュースにもならないからね。大きな被害をもたらす戦闘や爆撃があった時だけ、私たちは海の向こうの国のことに関心を向けるのだよな。でも、そこには平和が訪れたわけでもなくて、その紛争地は報道統制下にあるという。普通ならば、私たちは決して目にすることができないような光景を、祖母が孫に会いに行くという物語を通して、フィルムにおさめるソクーロフの構想にうなってしまう。人が血を流して叫び声をあげて死んでいく姿を映し出す必要なんてないんだ。これだけの場面展開で、私たちはやるせない気持ちにさせられて、こんな状況をなくしたいと思うのだもの。80歳の女性が装甲車に乗る姿にはドキリとする。

アレクサンドラが市場で出会ったチェチェンの女性と心を通わせる場面に満ちる空気がとてもステキなの。民族が何であれ隣人である人間同士の触れ合いってこういうものなんだよね。どうして平穏な暮らしを壊して、どうして傷つけあう必要があるんだろうかって、結局いつもそんなことを思うばかり。世界中の母たちは息子たちが人を殺したり、殺されたりすることを望んではいないはずなのに、どうしてそれは止むことはないのだろうね。それはどうしたって哀しいことだけど、そんなことを静かに訴えかけてくるこの映画の気高き素晴らしさには心が満ち足りるのであった。

その地の埃っぽさとアレクサンドラの表情がずっと心に残る。
「破壊ばかりで、建設はいつ学ぶの?」
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by CaeRu_noix | 2009-01-21 23:59 | CINEMAレヴュー | Trackback(2) | Comments(6)
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Tracked from いつか深夜特急に乗って at 2009-03-05 21:05
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Tracked from ★Movies that.. at 2010-10-14 22:37
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Alexandra 2007/95min/ロシア=フランス 監督/脚本:アレクサンドル・スクーロフ 出演:ガリーナ・ビシネフスカヤ、ワシーリー・シェフツォフ 言語:ロシア語、チェチェン語 受賞:カンヌ他 1賞ノミネーギ..... more
Commented by manimani at 2009-01-23 04:19 x
ガリーナの演技は演技の域を超えていましたね。ほんとうにロシアの祖母になっていました。それだけでも奇跡のような映画です。
しかし・・いま気がつきましたが最近exiteブログの方にTBが出来なくなってるような気が・・^^;なぜだ〜??
Commented by CaeRu_noix at 2009-01-24 01:05
manimani さん♪
ガリーナの存在感はすばらしかったですよねー。
もちろんきっと演技はしているんでしょうけど、彼女自身の人生経験や人間性がそのままあらわれているようでもあり、何とも偉大な聖母でした。
ソクーロフの映画はどれもこの世のものとは思えない突き抜けたものがありますが、ガリーナによってもたらされたものはまさに奇蹟という言葉が似合いますね。

TBできないっすか?! 私のところだけではなくて、エキブロ全般?
それは寂しいですね。どうしてでしょう?? 禁止ワードはないと思うし・・
Commented by とらねこ at 2009-01-24 12:07 x
かえるさん、おはようございます~
もし自分が兵士だったら、ということを考えると、ガリーナ・ヴィシネフスカヤを見ているだけで、郷愁の思いに駆られてしまいそうです・・
『ロストロポーヴィチ~』見ておけば良かった!と悔しくなりました。
次回もしチャンスがあれば、是非とも映画館で鑑賞したいです。

おっしゃるように、映像を見ているだけで、そこに耽溺してしまうんですよね。
わざわざタイトルにロシア語をつけ加えられていらっしゃいますね。
正直、今のロシアにいろいろ思うところはあるのですが、この作品の美しさには影響を及ぼさず・・でした。
Commented by CaeRu_noix at 2009-01-24 21:06
とらねこさん♪
おおお。
自分が兵士だったら、という想像をするだけで恐怖感にとらわれて、それより先を思い描けないけど。
兵士でなくても、辛い労働で出稼ぎに行った先に、おばあちゃんが訪ねてきてくれたという設定でも、充分に郷愁にのみこまれちゃいそう。
ガリーナの胸で泣きたいです。

ロストロポーヴィチ~は伝記/音楽ドキュメンタリーとしてはそれほどによかったわけでもないんですが、興味深い内容でしたよ。
ステキなご夫婦でありました。

>今のロシアにいろいろ思うところはあるのですが、この作品の美しさに

お、"ですが"という接続助詞に着目してしまいました。
わたし的には、「今のロシアに思うところがあるので、この作品はより美しく」って感じなので。
アメリカでも中国でもイランでもイスラエルでも、思うところがあればあるほどに、静かな問題提起の姿勢でつくられる映画にはよりうたれるものがある私かも。
このへんのとらえ方の違いに、私は戦争映画を好み、とらねこさんは好まないという差異があるのかな?ってふと思いました。
全然的外れだったら、ごめんなさい。
とにかく本作は素晴らしく美しかったですよねー。

キリル文字好きなんですー

Commented by ぺろんぱ at 2009-03-08 21:35 x
こんばんは。

やっと、この監督の作品に触れることができました。
銃撃戦や流血や慟哭もなく、渇いた空気感と埃舞う荒涼とした大地で反戦の思いを描いたこの作品に、かえるさんの仰っている「気高さ」を感じました。
「戦争に美学はない」との監督の言葉にもズドンと胸を打たれました。

チェチェンの女性と心通わすシーン、、、あの基地内の空気よりもずっと揺るぎない絆の強さを感じてしまった私です。素敵でしたね。

まだまだソクーロフ初級者ですが^_^;、他の作品にも触れてみたく思っています。
Commented by CaeRu_noix at 2009-03-10 00:13
ぺろんぱ さん♪
ようやくそちらで公開されたのでしょうか。
この手の非商業映画は全国展開の速度が実に遅くて寂しいけれど、でもでも、ご覧いただき嬉しいです。
映画は何でも劇場鑑賞するにこしたことはないけれど、私の中で、何が何でも劇場鑑賞必須なのは、今ならソクーロフ作品とアンゲロプロス作品という感じなのです。

荒涼とした大地、あの乾いた感触は今でも憶えています。
少しも戦争映画という風情ではないし、反戦映画であるとも明言されてはいないんですよね。
ただ、アレクサンドラが駐屯地の孫に会いに行った物語に過ぎない。
それなのに、実に多くの思いを抱かせてくれるのですよね。
戦争を描いた物語というと第二次世界大戦の被害者の立場でお涙頂戴路線が定番だった日本人的には、今、このスタンスに感嘆するばかりです。
「戦争に美学はない」、全くその通りですよね。
正義なんかじゃなーい。

ソクーロフ・ワールドへかもんかもんー。
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