かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
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『ダウト-あるカトリック学校で-』
2009年 03月 13日 |
疑う奴を疑う我々を疑え?

1964年、ニューヨーク・ブロンクスにあるカトリック教会学校の校長シスター・アロイシスは、フリン神父にある疑惑を抱く。



アカデミー賞に主演・助演の4人もがノミネートされた本作。俳優の演技はお墨付きだけど、この監督は知らないなぁと思ったら、主に劇作家として活躍している人だったのね。原作の戯曲「ダウト -疑いをめぐる寓話」はピューリッツァー賞を、その舞台はトニー賞を受賞したという優れたもの。そして、その戯曲の作者であるジョン・パトリック・シャンレイが自らメガホンを取り、18年ぶりに映画監督に返り咲いたのだそう。確かな秀作の映画化というだけあって、撮影がロジャー・ディーキンス、音楽がハワード・ショアとキャストばかりでなく、スタッフも一流どころを揃えていて上質な香り。

意地悪ババアをやらせたら天下一品のメリル・ストリープはこれでもかと本領発揮。そう、あなたにはエーゲ海の青い海は似合わないもの。この上ない厳格さをもつ怖ーい校長シスターなんて見事なハマり役。自分が児童だったら、こういう先生には震えあがっちゃうなぁ。感情的になって声を荒げて攻撃するのが、アメリカ女の口論の定番という気がする中で、一見理知的であるかのように口調は冷静なままに追い詰めるシスターの冷酷な攻勢がまた怖い。対する人徳のある人気者で進歩的な神父、フィリップ・シーモア・ホフマンもなんて素晴らしいのでしょう。ヘンタイから聖職者までごく自然に演じ切ってしまうから感心せずにはいられない。疑惑について直接問答するシークエンスの演技対決はスリリングで大いなる見どころ。

ただ、それは思ったほどに手に汗握る緊迫感をもたらすものではなかったかも。もっと切羽詰ってせめぎ合う状況をイメージしていたのだけど、結局のところよくも悪くもまさに舞台演劇的なのだよね。疑惑そのものについての真相は明らかにはならないとはいえ、キャラクターと対立構図にメリハリがあり過ぎて、校長の論理とその攻勢がどう見ても正しさから外れているものだから、滑稽さすら感じて、逆に安心して眺めちゃった感じ。こんな人が身近にいたら怖いなぁとは思うけれど、客観的には問題があるのはどうしたってこの人と判断できるところが、私としては少し拍子抜け。もっとシロクロつけ難い不穏な灰色に覆われたかったのかな。という観点で見ると、結果的にはやや期待は裏切られたものの、サスペンスとしてとても面白く、人間ドラマとしても洞察と思考のしがいのあるテーマにあふれていましたね。

校長の困ったちゃんぶりを突き放して呆れたのは最後の方のことで、自分自身も世の人の多くも、この校長と同じような思考の仕方で疑惑を生み出して人を強引に判断してしまうことがしばしばあることに気づき、ゾッとしてしまったのだった。善悪の判断は、基本的には常に行為や行動そのものについてされるべきと思っているけれど、しばしばそれは人に対する評価、好き嫌い、利害に左右されてしまいがち。同じことをやっても、人によって、徹底的に糾弾される場合と、大目に見られるケースがあるのは、誰もが経験しているでしょう。そして、映画を観ながら、自分だって、なんだかんだいって校長を悪者だと決めつけているもんね。迷宮に落ちて行くー。

それから、疑惑を抱いてしまうのは仕方なくとも、疎ましい敵を倒すため、証拠なき疑惑を膨らませて、正義のためだと言いきって攻撃しちゃうなんて、人間同士のことでも、国家間の外交のことでも、まかり通るべきことではないでしょうってことも思い出す。例によって、アメリカの軍事攻撃の姿勢を照らし合わせるのは、政権交替した今はもういいのかな・・・。時には、人を疑うことも必要な局面というのはあるに違いないけれど、多くの場合、それが職業的な使命などでない限り、人を疑うことはしばしば不幸をもたらすものだよね。嘘や悪徳行為そのものよりも、猜疑心が人間関係を滅ぼしかねないもの。と、"疑惑"という題材については、とめどなく多様な角度から思考することができるのでありました。
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by CaeRu_noix | 2009-03-13 10:13 | CINEMAレヴュー | Comments(6)
Commented by cinema_61 at 2009-03-13 23:07 x
こんばんは。
観てきました!2人の上手すぎる俳優の演技がなければ、辛抱の要る映画かな?(衣装もずっと聖職者のものだったし・・・・・)
やはりこれは舞台で見たい!もっと迫力があったと思う。
あの時代は、「猜疑心」が人を破滅させることもあったのね。
後半で嗚咽するメリルに感動、同様にフィリップ・シーモアの抑え気味の演技も見事!
それにしてもアカデミー賞を受賞できなかった2人は、あまりにも上手すぎたため?
Commented by CaeRu_noix at 2009-03-14 01:51
cinema_61さん♪
いやー、本当に、うま過ぎる演技でしたよね。
そうか、人によってはさほど興味をもてない内容なのかもしれませんね。
確かに、衣装の見どころなんかはあまりなかったですもんね。
私は、カメラや美術的には結構魅せられた感じなんですが。枯葉が美しかったり。
映画には映画ならではの見どころもありますけど、これは脚本そのものがやはり舞台向きのものなんでしょうね。
舞台だと俳優の演技は声を荒げたりだとか、もっと露骨な感じになっているんでしょうかね?
映画の場合は、そういう大げさな演技はしないからこそ、巧さを感じますよね。
アカデミー賞って、いろんな兼ね合いがあって、順当に純粋な演技力だけで決まる感じじゃないですから、受賞歴のある俳優は少し不利なんでしょうかね。
そして、疑惑、猜疑心というテーマも普遍的でおもしろかったですー。
Commented by mezzotint at 2009-03-14 17:56 x
かえるさま
いやあ~メリルは確かに意地悪おばさんがよく似合いますよね。
ホフマンもどちらかといえば、ちょっと癖のある俳優さんなので、
どうもいい役はちょっとあわない気もします。とはいえお二人の
素晴らしい演技で、この地味な作品にいい味をそえていました。
TBさせて頂きました!
Commented by CaeRu_noix at 2009-03-17 01:19
mezzotint さん♪
何でも演じられる名女優のメリルですけれど、顔立ちゆえか、おっとり純朴キャラはどうしても適役とは思えなくて、冷酷意地悪おばさんほど似合うものはないって思えるのでした。力づくの意地悪ばばあではなくて、周到にチクリチクリに攻めるタイプがぴったしー。
PHSはですねぇ、クセものをやらせても天下一品ですけれど、この人は容姿そのものには温和な雰囲気もあるんで、温厚善良キャラもバッチリ合っていると私は思うんですよね。
でも、2人とも本当にうまいので、キャラクターを逆にしても、全く違和感なくやってくれそうなほどでしたよね。
演技とはこういうものだーって見ごたえ満点でしたー。
Commented by ちむ at 2009-03-22 21:54 x
かえるさん、こんにちは。
3連休の休みボケを、メリル・ストリープに叱ってもらいたくて(!)、観てきました。面白かった。演劇を見るのも好きなので、舞台でも見てみたいなあと思いました。電球がパシッと切れるところなんか、舞台向きのシーンですね。でも、天窓から出ようと羽ばたくハトとか、かえるさんも言われているように、枯葉の美しさとかは、映画ならではです。
それにしても、かえるさんの「疑う奴を疑う我々を疑え?」は言いえて妙。
実は、会社ではルールを守らせる立場の私(単なる営業事務員ですが)。甘いなあと反省することの方が多く、少しは校長を見習わねばとも思ったりして。でも、校長だって罪を犯したことがあると認めていた・・。そして最後には涙さえ流し・・。お互い人間なんだよね・・・と、色々と考えたくなる映画でした。
Commented by CaeRu_noix at 2009-03-22 23:36
ちむさん♪
ちむちむちぇりー♪♪
コメントありがとうございます。
ストリープにビシッと叱られて、明日から気を引き締めての仕事モードに移れそうですね。
本当に、舞台でも緊迫感いっぱいで見ごたえあるんだろうなぁって思える場面がたくさんありましたよね。
口論のシーンなどは舞台の方がより盛り上がりそうですよね。
なるほど、電球が切れるところなんかもいいですねぇ。
神父の説教の中の羽が舞うシーンは舞台では見せているかとか、いろんな演出の相違点が気になります。

ルールを守らせるって難しいですよね。
プライベートの人間関係においては、他者に対して優しく寛容であるのはステキと思うのだけど、仕事の場合、優しさという甘やかしが、互いの不利益を生んでしまうこともありますからね。
ゆくゆくは自分のためにも相手のためにもならないから、厳しさも必要と思いつつ、加減が難しく、日々葛藤ーって感じです。
(私は概して、人に厳しく自分に甘いのですがーw)
聖職者だって完璧な人間ではないに決まっているけれど、厳守しなければいけないラインはあるのだろうし。
とめどなく考えてしまう奥深いテーマでしたねー。
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